『本質を見抜く力』

月末日になって、また慌ててブログを書いています。毎回、夏休みの宿題を最後の日に慌ててやっている子供の心境です。(実際、夏休みの宿題は毎年そうだった…)

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さて上の表は、ワクチン接種率「80%」超えの日本と接種率「1%」のハイチのコロナ感染状況です。ほとんどの人がワクチンを打っていないハイチのグラフは、ほぼずっと感染者少数で横這いに対して、日本は一回目の接種後と二回目の接種後に一気に感染拡大になってます。なぜでしょう?

当初から国が国民に伝えて来た事を振り返ってみれば、

「ワクチンで集団免疫ができる」

「ワクチンを打てば元の日常を取り戻せる」

「ワクチンを打てば重症化しない」

と言っており、それを素直に聞いた日本国民は、マスク使用率100%近く、ワクチン接種率は80%超えと海外に比べて極めて高い水準で、国の言う事を聞いて来た結果は…ワクチンによる「感染予防効果」も「集団免疫」も全くなく、今や世界の感染者数の6分の1が日本になり、感染者数世界一になりましたとさ…。

おかしくありませんか?

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厚労省が日本の7月10日から17日までの接種別感染者数を発表した。感染者の合計は50万9012人のうち、未接種者は13.4%、2回接種者は24.9%、3回接種者は40.7%、接種回数不明21.1%で、やはりワクチン未接種者が一番感染が少なく、接種回数が多い人ほど、感染している。国はそれを検証もせずに4回目のワクチン接種を促している。

しかも、WHOがワクチンを打った人の方が、打たない人より3倍も入院する確率が高い事を認めた。つまり、ワクチンを打った人の方が重症化していると言う事。ファイザーは大量のデータを消したとの内部告発もされている。

現在、感染者の約8割がワクチンを二回接種済みである事を考えたら、これまでの様に「国の言いなり」で接種せず、今起こっている現実を良く見て、自分の頭で考え、自分の感覚を研ぎ澄まして、判断してほしい。

さて、感染者だけでなく、昨年までの10年間の日本の死者数を下の表で見ると、コロナ感染が広がった2020年は、コロナがなかった2019年より前年比で死者数が8338人減っている。なぜか?

2020年はコロナが広がったためか、インフルエンザが流行しなかった。つまり、毎年のインフルエンザの死者数の方が、コロナの死者数を上回っていると言う事。 

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では、ワクチン接種が始まった昨年2021年の死者数は、前年の2020年より、ぶっちぎりで6万7745人も増えており、これは、2011年の東日本大震災の死者数前年比5万6054人よりもさらに1万人も多く、戦後最多145万人越えの死者数である。

コロナでの死者数は、毎年のインフルエンザより少ないぐらいなのに、なぜ昨年、東日本大震災超えのこんな急激な死者数なのか?

いつもの年と何が変わったらこんなに急激に死者が増えるのか?原因はワクチン接種が始まった事しかない…。

免疫医学と抗体研究の専門家として知られる東京理科大学の村上康文名誉教授が、新型コロナワクチンの接種回数について次のような警鐘を鳴らした。「ワクチン接種2回までは回復可能だが、3回目以降はコロナにも罹りやすくなるし免疫低下から回復できない可能性。4回目以降は命に関わる。動物実験では5回から死に始め6-7回でほほ全滅」

子供達の接種でも死亡したり心筋炎や半身不随になっている事実もあり、ワクチン未接種児と比べて、発熱・耳痛・喘息・アレルギー性鼻炎・貧血・胃腸炎の発症率が高い。

それでも、あなたは、ご自身やお子さんにワクチンを接種し続けますか?

現実をちゃんと見極める事。

国は、ワクチンで死亡した人の補償をその遺族にほとんどしていない。はっきり言って「死に損」ですよ。

昨年も今年も、ワクチンのほぼ人体実験で大量死しているのに、誰も責任取らない。

原発と同じ。自民党が「安全安心」と言って日本中に原発作りまくって、事故が起きても誰も責任を取らない。何を根拠に「安全」などと言いきるのか…それを信じた国民を騙して、死に追いやる。

ワクチンでも同じ事が起きている事にもう気付かないとね…。

https://www.yagoclinic.com/news/847

 

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上の写真は、広島・長崎に原爆を落とした時のアメリカ大統領・トルーマンの演説。

「猿(日本人)を『虚実の自由』という名の檻で、我々が飼うのだ。

方法は、彼らに多少の贅沢さと便利さを与えるだけで良い。

そして、スポーツ、スクリーン、セックス(3S)を解放させる。これで、真実から目を背けさせることができる。

猿(日本人)は、我々の家畜だからだ。

家畜が主人である我々のために貢献するのは、当然のことである。

そのために、我々の財産でもある家畜の肉体は、長寿にさせなければならない。

(化学物質などで)病気にさせて、しかも生かし続けるのだ。

これによって、我々は収穫を得続けるだろう。これは、勝戦国の権限でもある。」

つまり、家畜の猿である日本人を飼い慣らすには、娯楽と快楽を解放して「真実」から目を背けさせ、気づかないうちに化学物質を混ぜて、(水道水に高濃度の塩素・野菜に高濃度の農薬・食品に高濃度の添加物・医薬品に高濃度の化学毒)病気にさせ、高額なワクチンや抗がん剤などを売り付けて収益を得続けるのが、戦争に勝利した者の特権だ!と演説ではっきり言っているのである。

そしてそれらを着実に実行し、日本人の2人に1人がガンになる所まで来た所で、日本政府にまんまとファイザーなど高額な毒ワクチンを大量に仕入れさせ、がっぽり儲けてから、日本人のとどめを刺す。

こんなにストレートに宣言されて、その通りに実行されて、相手の思うつぼで骨抜きにされ、毒ワクチンを接種して、滅びてゆくのか日本国民は?

たった250年ぐらいしか歴史のないアメリカに縄文からの古い歴史のある日本が滅ぼされてよいのか…?目を覚ませ日本人!

これ以上、身体に毒を入れてはいけない。

 

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私は、個人セッション(カウンセリング)も仕事としてやっています。

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私に何か聞きたい事や話したい事がある方やご相談がある方もぜひ個人セッションでやりとりしましょう。女性が多いので、男性もぜひご相談ください!

基本、日中はあわたまの仕事があるので、個人セッションは、夜にメールのやり取りで、対応していますので、遠方の方でも大丈夫です。

ご希望の方は「個人セッション希望」とご連絡お待ちしております(^_^)

『阿波の結界』

この6月も中国・ロシア海軍艦艇はいずれも日本列島を周回するような動きをみせており、防衛省は16日、ロシア軍艦艇が北海道南方から千葉県沖まで南下し、中国軍艦艇が津軽海峡を東進したとそれぞれ発表した。

海上自衛隊は15日正午ごろ、北海道・襟裳岬の南東約280キロの海域を南進する露海軍駆逐艦など計7隻を確認。7隻は16日午前9時ごろには千葉・犬吠埼の南東約180キロを南西へ進んだ。また、同じころには青森・龍飛崎の南西約130キロを中国海軍情報収集艦など2隻が北東へ進み、津軽海峡を東進。2隻は12~13日にも別々に対馬海峡から日本海へ航行していた。

最近日本では、防衛力を強化し、反撃能力を高める事を議論されているが、もし攻撃が1回でもあったとして、反撃したら「戦争」が始まってしまう。

人間は古代から「やられたらやり返す」を繰り返して、武器はどんどん最新鋭になってゆくが、精神性は全く進歩がない…。

「じゃあ、攻撃されたら、やられっぱなしで耐えろと言うのか?」と言われるが、そうならないために防衛力(軍事力)より外交力(人間力)で、危機を回避する必要があるのだが、それだけの人格者が今の日本の政治家の上層部にいない事が、本当に厳しい…。今度の7月10日の参議院選挙は、今後の戦争を回避するためにも、本当に国民それぞれにとって重要なのだが、人ごとに思っているのか、毎回投票に行かない人が本当に多い。無関心なのが一番最悪だ。

投票に行かない人は、物価が上がろうが、税金が上がろうが、戦争が始まろうが、どうでもいいのだろうか?そうなった時に慌てふためいても、時すでに遅しである。

自分達の暮らしのためにも、それぞれに与えられた権利(投票権)は有効に使ってほしい。

今後、絶対に戦争になってはいけない。

自分の意思を示すためにも、投票に行く事から始めよう。

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さて、ホタルの時期が過ぎたと思ったら、あっという間に梅雨が明けてしまった!早すぎる…

全国的に水不足で農作物(特に米)が育つか心配です。ただでさえ、食糧危機が始まっているのに、水不足な上に燃料が高騰しているので、日本の農業は大ピンチですね…。

私の暮らす四国4県の主な水源で「四国の水がめ」と呼ばれる高知県早明浦ダムの貯水量は、現在34%まで減少し、このままでは、7月中旬には、ダムの水が底をつくと言われている。

28年前の1994年にも早明浦ダムは、貯水率が0%となり、水道水の約5割をこのダムから取水している香川県では、夜間断水を実施し、日中の5時間しか水道水が供給されない給水制限が実施され、雨乞いの念仏踊りまで行われたそうです。今年の貯水率の減少は1994年当時よりも早いペースだといいます。

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そもそも四国には、8本の一級河川があり、

四国を代表する大河・吉野川(徳島・高知)をはじめ、日本一の清流と言われる・四万十川(高知)、仁淀ブルーで有名な仁淀川(高知・愛媛)がよく知られているが、そのほとんどの源流が高知県なので「四国の水がめ」のダムも高知にある。香川県には、徳島との県境の竜王山源流の土器川という他県より小さめで短めな一級河川が流れているだけなので、農業用水を補うために県土の総面積に対するため池の密度では全国一となっている。しかし、雨が降らない事には、ため池の貯水量は上がらないので、農業用水もピンチである。香川のソウルフード讃岐うどん」の原料の小麦粉も高騰しているし、いろいろ大変な状況ですね…。

あわたま山は、山の頂上付近を流れる細い谷川から水をひいていますが、雨が降らないと水が涸れるかもしれません。私の家の周りは三方向から谷川が流れて合流しているので、さすがにそれが干上がる事はないと思いますが…。

と少々暗い話ばかりしましたが、ここで四国に関する明るい(?)話題をひとつ。

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先日、朝の情報番組『ZIP!』で「この夏の旅行先人気上昇率ランキング1位は徳島県!なぜ?」とやっていた。毎年の都道府県人気ランキングで常に西日本最下位の徳島県がこの夏の旅行先人気上昇率1位???確かになぜ?

「1位:徳島県、2位:沖縄県、3位:高知県」となっており、2位の沖縄を抑えて徳島が1位ってどういう事?

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番組では「山犬嶽」という苔の名所がジブリの世界観で人気だと紹介されたり、徳島県は8月に3年ぶりの「阿波踊り」を本格開催、3位の高知県でも8月に3年ぶりの「よさこい祭り」が開催されることから、本来の人出が戻りつつあるようだが、日本の各地域でも祭りや花火大会も再開される中、なぜか徳島・高知がコロナ禍前よりも人気急上昇なのだ…。

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調べてみたら、シェア世界一を誇る旅行ガイドブック『ロンリープラネット』が発表した2022年にお勧めの旅行先「Best in Travel 2022」の地域部門で、日本で唯一「四国」が世界第6位に選出されていた。

ロンリープラネットは、四国を「あまり知られていない日本の宝」と紹介、イヤーブックには「四国遍路」のほか、徳島県の「上勝町(ゼロ・ウェイスト・タウン)」「祖谷渓」が取り上げられていて、ここでも徳島県が特集されていた。

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また、ハイライトとして「祖谷渓」(徳島県)、「石鎚山道後温泉」(愛媛県)、「直島」(香川県)、「大岐の浜」(高知県)と四国の各地が掲載されている。

ようやく旅行がしやすい状況が戻ってきたことで、派手な観光地ではないが、自然豊かな場所に身を置いたり、久々に大規模なお祭りを旅の目的にしたりと、普段とは異なる環境や体験を求める傾向が強まっていることがわかる。

四国遍路における”お接待”文化や環境保全に配慮する地域住民の意識といったコミュニティのつながりが高く評価されたものと考えられる。パンデミックにおける人類の「癒やし」「新しい世界観」というコンセプトで「四国遍路」が説得力を持ち、「日本のパワースポット」として『徳島県』が国内外から注目を集めている様だ。

「世の中が徳島(阿波の国)の重要性に気づいて来たのか…?」

どうりで最近、いろんな方から「徳島に行きたい!」とご連絡をいただく。しかしこれは、あまり良い事ではないかもしれない。

ワサワサと人が押し寄せると気が枯れてけがれてしまう。徳島の様に重要な場所は、目立たず、地味で、ひっそりとしており、本当にご縁のある人が導かれる場所なのである。

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先日、日本麻振興会の会長で栃木県の麻農家の大森さんが、11人もの方々を関東から引き連れて、徳島ツアーに来た。コロナ感染が始まった2020年2月の講演会以来2年ぶりの訪問だった。ギリギリまで人数が決まらなかったり、いろいろ手違いもあって、私が頼まれて予約した宿をキャンセルしたり、少々バタバタしたが、家の近所の温泉に来ていたので、2年ぶりにお顔を拝見できてよかった。

以前、ある古代阿波の研究家で数々の阿波の歴史本を出筆している方から言われた事がある。

「この徳島という地は、古代の聖地でとても重要な場所なので、かなり強力な結界が張られている。特に忌部の場所は、あちこちに結界石が立っており、今もよからぬ者や心身がけがれた者を立ち入らせない力が働いている…。奧野さんは、不思議と忌部の重要な地に招かれ、そこにずっと居られるのは、この地の神に歓迎されているのですね。」

確かに、埼玉で暮らしていた私の元に、徳島の阿波麻植の方々が来られ、私は今暮らしているこの地に招かれた。そして阿波忌部の後藤田一族にお世話になり、家やあわたま山や畑を使わせていただいている。そして「田んぼで昔ながらの米を作りなさい。」と御神託を受け取った数日後、私のバスツアーに参加された方が、お友達とその子供達数人で私の家に遊びに来た。

「田んぼをやりたいけど、どこか借りられる所あるかな?出来れば、農薬や除草剤をずっと使っていない、不耕起地が良いのだけど…」と言うとお友達の1人が「私のお父さんが田んぼをたくさん持っていて、ずっと使っていない所もあるから聞いてみます。」と言って、トントン拍子に決まった田んぼは、なんと忌部山の目の前で忌部神社の結界の内側で、隣りは忌部の総代さんの家で、道沿に忌部七摂社の岩戸神社・忌部神社の参道・天村雲神社が並ぶとんでもない所だった。

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私はその与えられた広い田んぼを使って、古代米・餅米・イセヒカリコシヒカリ・アサヒ米と自然農法の故・福岡正信氏が交配したハッピーヒルを全て手作業で育てた。どの稲も良く育ち、日本で唯一国技館で相撲の土俵を作っている職人さんが「この稲藁は土俵に使える」と言ってくれた。

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平成の天皇生前退位が突然決まり、令和の天皇即位の麁服調進を忌部神社でする事になった時も、田んぼの周りの忌部の方々に声をかけていただき、様々な行事や儀式を拝見し、その忌部の御神域で栽培した稲を忌部神社に奉納させていただけた事も麻植の神のお導きと感謝した。

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そして、麁服調進協議会の阿波忌部の代表である木村雅彦氏がこのたび立ち上げた農業生産法人「あらたえファーム」の広報活動を手伝う事になった。

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生き方や信念がブレていなければ、必ず必要な場所に導かれ、重要な人々と繋がってゆき、新たな展開に発展してゆく。

この阿波の地に10年居て、様々な目的で来ては、この地の麻植の神に歓迎されずに去って行く人達を何人も見ている。意識がブレていたり、よからぬ事をしていた者達は、必ずふるいにかけられる。

神様は見ているのである。

そのための強力な結界である。

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実は、47都道府県で唯一徳島県だけ、JRも私鉄も電化されておらず、県内全体「電車」が走っていないのです。下の写真をよく見てください。パンタグラフと電線がないでしょ?それはなぜか?
電機で走る電車による強力電磁波から徳島の重要な場所の「結界を護る」ため、鉄道が始まった時から、国が徹底して護っているのです。

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古代から強力な結界を張って護られている最も重要な場所「阿波徳島」。

四国八十八か所巡りは、お遍路さんたち自体の動きが結界となって四国の霊山を封印して護ってきた。

しかし、20世紀に入って発明された電気は地場を変化させる。鉄道が電化されると、電車の走行が新たな電磁場を生むことで結界を壊す。

国鉄がまだ大日本帝国の政府機関だった頃から、秘密裏にこの危険性が論じられ、そこで決定した方針は今でもJRに継続されているという。日本で唯一、電車による強力電磁波から護られているのは、徳島県だけなのである。

なので、都会からサテライトオフィスをたくさん作り、地域の自然の中どこにいても、高速通信を可能にして、電磁波の渦にして結界を壊してしまっている神山は、重要な場所だけにとても残念な事である。その地の重要性を真に理解する人がいて、頑張って動いていたら、きっと違っていただろう。

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私に会いに来たいと言う方々からのご連絡をとてもいただくが、以前そう言って訪ねてくる人達にとても振り回され、疲れ果てた経験が何度もあり「仕事として、ワークショップやツアーなど有料で対応します。」と伝えたとたん、文句を言ったり、来なくなったり…。

タダだから来て、人の時間やエネルギーを奪う人の事を「テイカー」と言います。そういう人は、与える人「ギバー」にはなれません。

農作業を手伝いに来る人は「ギバー」で「テイカー」の人と波動が違います。

私のブログを読み、考えに共感して、今後の厳しい「大峠」を乗り越えるすべや重要な真実を知りたい人は「あわたま自然回帰塾」として、徳島で薬草の知恵や阿波忌部の重要な話しなどをしますので、ご連絡ください。(有料)

個人セッションで遠方の方のメールでのやりとりもやっておりますので、お問合せください。(有料)

『食料危機はもう始まっている』

この5月、日本国民がゴールデンウィークで、はしゃいでいる間も、日本周辺では、近隣諸国の物々しい動きがあり、とても嫌な感じでした。

空母を含む中国艦隊が石垣島の南約150キロの太平洋上を航行して、艦載戦闘機とヘリコプターの発着艦を6日連続で行ったり、沖縄本島宮古島の間を中国艦隊が通過して、中国軍が沖縄や台湾を念頭に活動を活発化させている。

さらに先日の中国・ロシア海軍の日本近海での合同訓練に続き、中国空軍とロシア空軍の爆撃機が、日本周辺の上空で共同飛行訓練を行い、その翌日には、北朝鮮弾道ミサイルを3発発射して、核実験の兆候も見られる…。

中国軍はさらに台湾領域でも実践的訓練を実施した。

それらに対抗して、日本海上空で日米の戦闘機8機が合同訓練を行い、中国やロシア、北朝鮮の軍事行動をけん制した。

バイデン米大統領の日韓訪問に合わせて、軍事挑発を見せる北朝鮮が、アメリカと韓国が行った軍事訓練に対して韓国の新政権を批判した。

台湾も中国による台湾侵攻を想定し、軍事訓練体制を強化するなど戦力向上に力を入れている。一昨日は、台湾海軍が実弾訓練を開始した。

次に戦争が起こるとしたら、この地域だと言われているだけに、本当に嫌な感じである…。

陰陽のバランスが崩れると世界のバランスが崩れる。戦争・自然災害・食糧難と次々に起こってくる。

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今年に入って、トンガやパプアニューギニアで火山の大噴火があり、昨日もロシアのカムチャツカ半島で大規模な噴火があった。

火山噴火によって大気中に放出される火山灰や微粒子が風にのって広い範囲に拡散され、温室効果と冷却効果が起こります。

過去にも巨大噴火によって、さまざまな気候変動が記録され、農作物にダメージを与えたりした。実際、あわたまでも今年は野菜の育ちが悪く、玉ねぎ・にんにく・そら豆など収穫量もかなり減っており、5月は新鮮便をやる事も出来なかった…。あわたまだけでなく、他の農家も今年は収穫量が半減しているという。スーパーで売っている無農薬ではない玉ねぎが1個200円〜300円もしているという。

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火山の噴火により大気中の火山灰や太陽の異変による日照不足で軽めの氷河期的状況が今後起こるなど様々な異常気象によって、日本だけでなく、世界中で農作物の収穫量が減っており、加えてロシア・ウクライナの戦争によって、食糧の輸出が滞り、すでに食糧危機が始まっている。日本は食料品も輸入品が多く、国内で消費された食料のうち、国産の占める割合である「食料自給率」は、先進国で最も低い。

世界が食糧不足になり、各国が自国を守るために輸出をストップし始めたら、自給率が低く、輸入に頼っている日本は、ひとたまりもない。あっという間に食糧飢饉になるでしょう。(今、ウクライナからの輸入がストップしたアフリカ諸国がその状態になっています。)

さらにもし原油の輸入もストップしたら、燃料によって動いている工場の機械・重機や輸送の船・飛行機・車やトラクターなどの農業機器もすべて動かせず経済が止まる。

農業機器が動かせなくなると農家が生産できなくなり、ただでさえ国内自給率の低い日本は、たちまち食糧難になるでしょう。震災の時みたいにスーパーから食べ物が消えてしまう。

とりあえず、今後の食糧難を見越して「自分で食べる物は少しずつでも自分で作る」事かとも思います。個人自給率を上げ、保存食づくりにも取り組む事が早急に必要とされる。

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写真はあわたまで取り組んでいる食と農です。上左からあわたま山の山菜・養蜂(日本ミツバチのハチミツ)・薬草のお茶作り・無農薬の季節の野菜・自家製の稲わらで作る納豆・くぬぎを切り出して菌を埋め込んで育てたしいたけとなめこ・除草剤を入れず手作業で安全な米作り・収穫した果実の酵素や保存食作りなどなど。

あわたま山の地主の80才の後藤田喜一さんが先生になって、あわたまに協力してくれているので、ここまでやっていますが、東京で生まれ育った私でも、耕運機などの農業機器を一切使わず、昔の道具と自分の手と足だけで、初めてやった米づくり(次の写真)でもしっかり育ったのだから、まずは行動を起こす事ですよ。

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以前にもブログで書きましたが、夫の母は、庭や畑がなくても、ベランダや屋根の上で、とても上手に野菜を育てます。畑があるに越した事はありませんが、すぐに借りれなくても、プランターや植木鉢で種や苗も友達と交換したり分け合ったりシェアして、多くの種類の野菜を少しずつでも育ててみてください。野菜や果実をたくさん収穫出来たら、天日に干した「干し野菜(果実)」やビンに漬け込み「酵素や塩漬け」などの保存食を作る事をオススメします。いざという時にサッと使えて便利ですよ!

下の写真はあわたまで育てている無農薬野菜や果実の干し野菜・ドライフルーツと酵素・果実酒などのビン詰めです。保存食として重宝します。

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東日本大震災の時、私は関東の友人達に呼びかけ、体育館ほどの空間がいっぱいになるほどの物資を集め、東北まで車で届けたり、関東に避難して来た人達に配った。

その時に物資の中で一番喜ばれたのが、無農薬の野菜だった。避難所生活が長くなると、配給される食材は、おにぎりやパンやインスタント食品で、野菜などはほとんどなく、皆さんビタミン不足になっており、身体が欲していたのだった。野菜を天日干しすると、保存がきく上に栄養価が増し、もともと野菜に含まれるビタミンD・ビタミンB群といったビタミンと、カルシウム・鉄分・ナイアシンといったミネラルが増えます。ビタミンDは、精神安定につながる栄養素であり、カルシウムの吸収を高める効果もあります。

なにより甘みが増して美味しい!

味噌汁やスープの具としてパッと入れて、一煮立ちしてすぐ食べられるのもお手軽です。日頃から余った野菜は干し野菜にして、乾燥剤を入れて保存しておきましょう。

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それから、緑茶は必ず常備しておく事をおすすめします。もし、野菜もなかなか手に入らない事態になった場合、緑茶にはビタミンやミネラル、食物繊維などの栄養素を多く含んでいるので、足りない栄養素を補う事もできます。ただし、日本で一般に市販されている緑茶は、農薬が高濃度に使われており、その数値の高さで海外に輸出できないほどです。身体に良いはずの緑茶が、農薬を煎じて飲んでいる様な事になっているのが日本の現状です。あわたまで販売している地元の阿波茶園のお茶(上の写真)は、農薬・除草剤・化学肥料・塩素(水道水)も全く使っていない、大自然の山の頂上の天然水で無農薬で育てたとても貴重なお茶です。興味がある方は茶葉の収穫から緑茶が出来るまでを10分間の映像に編集してみましたので、ぜひご覧ください!

https://www.facebook.com/100015161135963/posts/pfbid0AZCHRY58vvkx6Tu5GR93epePfd2WWJyB4UPLu4thzp7vx3KHVRPoY3T8q7fhUaril/?d=n

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もし、災害や食料危機で野菜も緑茶も手に入らない場合は、身の回りに生えている「野草」をオススメします。いわゆる雑草と呼ばれてしまって、厄介者扱いされている野草(薬草)には、栄養価や薬効がある物も多く、美味しく食べられたり、乾燥させてお茶にする事ができます。日本のハーブ(薬草)ですね。

あわたまでは、30種類ほどの薬草を扱って、上の写真の様に薬草茶や加工品を作っています。

コロナ感染の後遺症やワクチンの副反応で苦しんでいる方々にオススメしているのが、あわたま山で育った「赤松の生葉」を使った松葉ジュースや乾燥松葉と無農薬緑茶を粉茶にした「松葉緑茶」や松葉とあわたまの無農薬の柑橘(甘夏・はっさく・小夏・文旦・すだち・レモン)の「松葉と柑橘の爽やかジャム」など、松葉製品です。

日月神示には「松食せよ(まつおせよ)、松食せばわからん病治るのぢゃぞ」と書かれています。赤松の葉には、抗ウイルス成分や血管を強化・血栓症など血管系の病気の予防・血液の浄化、物忘れ・老化防止などがあり、日本脳炎エイズの治療などに松の成分が使われています。メッセンジャーRNAのワクチンを打つと、遺伝子に影響が出る可能性がありますが、松に含まれる成分が遺伝子への害を阻害してくれる可能性があります。

野草(薬草)や松葉などを採取する時に気をつけてほしいのが、その土地に除草剤や農薬が撒かれていないか、安全を確認してから、採取する事です。それから、よく似た毒草(松葉も食べられない種類がある)もあったりするので、よく調べてから採取する事。野草の美味しい食べ方や薬効は、ネットや本で調べると詳しく載っています。(写真付きのものを見る事)

今後を先読みすると今回の様な感染症地震・水害・台風被害・火山噴火など様々な天変地異が次々に起こり、食糧危機も起こってくる。

そうなるとお金はもしかしたら、ただの紙切れになる時代が来るかもしれません…。

追い詰められ、行き詰まった時に、ずっと人に頼ってはいられないので、自分で生きる力「自力」を身につける必要がある。

「今、自分に出来る事は何か?」を考え、自分さえよければいいではなく、出来る事から行動を起こし、そこから得た経験や良い情報は皆でシェアして共有して、知恵を出しあって、これから起こるであろう危機を乗り越えなければならない。

奪い合い、争い合っている場合ではない事に、気づけるかどうかで「大峠」を乗り越えられるかが決まってくる。

自らの意識が変わった時、初めて次の一歩が踏み出せる。出来る事から行動を起こしましょう(^_^)

【個人セッション・あわたま自然回帰塾】

私は、個人セッション(カウンセリング)も仕事としてやっています。ご相談内容は、体調や病気の事・薬草の知恵・仕事の悩み・地方移住・人間関係・家族との関係・いじめや虐待・霊的な話・先祖供養など様々です。

メールにてご相談を受けて、数日間やりとりをして、最後に御神託を降ろし、お伝えします。私に何か聞きたい事や話したい事がある方やご相談がある方もぜひ個人セッションでやりとりしましょう!基本、日中はあわたまの仕事があるので、個人セッションは、夜にメールのやり取りで、対応していますので、遠方の方でも大丈夫です。

それから、不登校やひきこもりの子供のための「あわたま自然回帰塾」も参加者を募集します。自然の中で、不登校の子供達にあわたまの活動である、野菜の種まきや収穫や干し野菜作り、薬草の収穫や薬草茶作り、草木染めや陶芸のものづくり、木の剪定や草刈り、剪定した木でマキ作り、マキを焚いて収穫した野菜や薬草での料理づくりなど、あわたまの日頃の活動を体験していただき、そこから生きる力を学ぶ。関心のある方は「個人セッション」「あわたま自然回帰塾」それぞれ、お問合せのご連絡お待ちしております(^_^)

『続・亡くなった方々が残した大切なメッセージ』

前回のブログ『亡くなった方々が残した大切なメッセージ』で「私はもう亡くなられている著名人の身近にいた方々と知り合い、親しくなる機会がなぜか多く、いろいろなエピソードを聞いたり、メッセージを受け取る事がある。」とお伝えして、海外の亡くなった著名人のジョン・レノンマイケル・ジャクソンのあまり世に知られていないエピソードをご紹介したが、今回は、日本の亡くなった著名人の三島由紀夫出口王仁三郎について、そのお二人の側にいた方々から直接聞いたエピソードを交えてお伝えしたいと思っています…。

さて、今起きているロシアとウクライナの戦争は収束しませんね…。人間はなぜ戦争をするのか?

歴史上で最も古い戦争とされているのが、約1万5000 年前のアフリカ・スーダンの遺跡から武器で殺傷された旧石器人のおびただしい数の骨が発掘されており、まだ農作物の生産も始まっていない、旧石器時代にはもう戦争が行われていたという事実がわかった。

日本においては、縄文時代に使われた狩猟のための弓矢やヤリが戦闘に転用され、実際に縄文時代の遺跡からは戦闘の証拠となる人骨発掘の事例が複数あり、狩猟採集の時代でも戦争があったと思われる。弥生時代には、縄文時代に比べて殺傷能力の高い大型の石製のやじりや金属製武器が多く出土しており、確実に戦争をしていた。

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古墳時代には、鎧かぶとに身を固め、大刀と弓矢をもつ武人の埴輪や大量の鉄剣や武器・武具が出土している。そこから見ても人間とは、古代から「戦う(戦争する)生き物」であるという事実がわかる。

おそらく、狩猟採集の時代は、動物のなわばり争いや、オス同士がメスをめぐって戦い合う感じに近いものだったと考えられる。

時代が進むにつれ、侵略する者と住み慣れた土地や家族を守るために戦う者との争いになってゆき「侵略と支配」が起こってくる。

現代といえば、世界各国のメディアが、戦地から中継し、戦い合っている双方の兵士にインタビューをしたり、ネットでも戦争が生中継され、そこかしこに遺体が転がっている惨状を世界中の人が視聴するという異常な状況になっている。メディアは「表」で起きている事を伝え、ネットでは「裏」で起きている陰謀論的な内容が多く伝えられている。

日本国内のメディアはロシア=悪、ウクライナ=かわいそうな犠牲者、プーチン=極悪非道、ゼレンスキー=正義のために戦うリーダーと連日伝え続け、ネットでは、元・駐ウクライナ大使だった方が「ロシアとウクライナの日本のメディアが伝えていない真実」を語り、2014年以来、DS(世界の闇の政府)によりプーチン大統領が標的になり、プーチンに何とかウクライナに介入させて、プーチンを世界の悪者にして、一挙にプーチンを失脚させロシアを潰すという筋書きが、今行われていると伝えており、それぞれの立場や視点から正義を主張したり「こっちが正しい!」「いや!あっちが正しい!」と論争している。

しかし、戦争に正義などあるのだろうか…。

いつの時代からか、争い合う両者(両国)にそれぞれお金と武器を渡し、戦わせ、潰し合いをさせて、高みの見物をする真の支配者の存在があり、今回もまるで世界各国の武器の在庫一掃と新兵器の実験場にウクライナを使っており、コロナワクチンの人体実験と同じ様に、ロシア・欧米どちらも新兵器の威力をこの戦争で試している。

今後も小型化した核兵器や毒物の化学兵器やウィルスなどの生物兵器など本当に厄介な物を次々に作り、世界のどこかで戦争を起こし、実験をするのだろう…。

いつでも大量の市民が犠牲になり、大勢の死傷者が出ている。これは戦争というより虐殺である…。ウクライナとロシアの戦争は、どちらに正義があると言い争うのではなく、まず即時停戦すべきだと声を上げてほしい。

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ウクライナには、36年前に事故を起こしたチェルノブイリ原発を含め5箇所の原子力発電所がある。もしこれをどちらかが誤爆したら、大惨事になる。

原発周辺には1986年の事故の放射性廃棄物で強く汚染された場所があるが、そこは事故後に木々が色づいて枯れたことから「赤い森」と呼ばれている。ロシア兵たちは、原発から約6.5キロ離れた高濃度汚染地域の「赤い森」を、戦車や装甲車で走り、防護服を着用せずに現地に入り、ウクライナ軍に対する防衛ラインを築くために地面を掘り返したという。こうした作業の中でかなりの人数が被ばくした可能性がある。

原発事故から36年たっても、まだちょっと掘り返しただけで、高濃度の放射線で被ばくする。
また、ロシアは核兵器使用の可能性もちらつかせている。日本でも「抑止力のために核兵器を持つべきだ!」と言う意見を言う人達もいる。でも、持っていると使いたくなるのが人間で「核には核を!」などと言って、やられたらやり返すを繰り返していたら、地球終わりますよ…。

それを危惧していたのが、作家・三島由紀夫で、そのために「美しい星」という三島文学から大きくかけ離れたSF小説を1冊だけ書いたのである。

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三島由紀夫は、二十歳の時に広島・長崎の原子爆弾投下・日本の敗戦を体験し、その目で崩壊と終末を見た。戦時下に二十代での死を宿命として感じていたこの世代は、

「戦争とは何か?人間とは何か?生とは何か?死とは何か?」を問い続け、敗戦により、全てが崩壊したその原体験から「世界崩壊と人類滅亡」について考えを深める様になった。

昭和36年「美しい星」執筆当時のアメリカとソビエト連邦(現・ロシア・ウクライナなど15ヶ国)による東西冷戦時代の核兵器による人類滅亡の不安・世界終末観を背景に、その当時、作家仲間の影響で三島は空飛ぶ円盤(UFO)に異常なほど興味を示し、円盤観測の会に参加した。先日亡くなった石原慎太郎氏も円盤観測の会に参加していたそうだ。

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三島由紀夫が「美しい星」をなぜSF小説にしたかと言うと、主人公を地球外の星から来た宇宙人にする事で、地球に住む地球人として人間を客観的に眺め、そこから自由に地球人の運命を論じることができる。そして宇宙人の宇宙的観点から見た地球人類の物語を描いた。

核兵器と言う人類を滅亡させる最終兵器を人間自らの手で作り出した現代と言う状況を踏まえて、人類の存在の根源と地球人の生存と滅亡を問いた。この小説は三島由紀夫が残した人類へのメッセージである。

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以前のブログ『美しい星』でもお伝えしたが、この小説は、私が25才から御神託で導かれた埼玉県の飯能が舞台で、私がやっていた店の周辺があちこち登場する。私は飯能で毎日の様に御神託が降りて来て、実際にUFOも何度か見た、チャンネルと波動が合う場所です。

三島由紀夫が残した「美しい星」の取材・創作ノートには、埼玉県飯能の街をくまなく調査して「空飛ぶ円盤観測」にもよく来ており、おそらく三島も霊力でこの地に感じるものがあったのでしょう。

でも間違ってはいけないのは、三島由紀夫はUFOが出てくるSF小説を書きたくて「美しい星」を書いたのではないと言う事!

核実験を繰り返し、核兵器開発をやめようとしない、当時のアメリカとソビエト連邦(現・ロシア・ウクライナなど15ヶ国)に警告するために、主人公一家に宇宙人という意識を目覚めさせ、この美しい星・地球を核実験による放射能で汚染し、人類滅亡に向かわせない様に日本の埼玉(幸御魂・さきみたま)から世界にメッセージしているのである。

ミシマ文学は世界中にファンがいて、ノーベル文学賞の候補にも上がったくらいなので、彼の世界への影響力は大きい。

小説の中で、主人公が飯能郵便局から、アメリカの大統領やソビエトの書記長宛に「核兵器の開発や使用を止める様に訴える手紙」を何通も送っていたり、人類滅亡の危機を必死で救おうとする主人公に対して、人類滅亡を望む宮城県仙台の自称宇宙人の3人組が飯能に乗り込んで来て激しい論戦が繰り広げられる。「この美しい星を守りたい…!」と必死で訴える主人公に「愚かな人間など、核兵器で自滅して滅びてしまえばいい…!」と言う様な持論を片やまくしたてる、宇宙人目線で地球人をそれぞれ分析し「人類救済」か「人類滅亡」かを問いた。

この小説は、日本の三島文学を愛するファンからは、とうてい受け入れられない「オカルトの異作」扱いだったが、飯能に住んでいた当時私は、定期的にテーマを決めて歴史ツアーをやっており、「三島由紀夫の小説・美しい星の舞台をバスで巡るツアー」を企画した所、「美しい星」の根強いファンが結構申し込んで来た。

その参加者の中に、三島由紀夫が結成した民間防衛組織「楯の会」のナンバー2の本多さんがいた。その以前から知り合いだった本多さんは、地球の水環境の浄化の活動されており、霊感も強い方で、私は不思議とご縁のある方だった。

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私は、数ヶ月前にその本多さんからお電話を頂いた。その時の事は、ブログ『それぞれの秋』でも書いたが、三島由紀夫の市ヶ谷駐屯地での自決事件(楯の会ナンバー1の森田さんは三島と一緒に自決した)の日の夜に、三島の奥様から「あなた宛の遺書があるから取りに来て」と呼び出され、遺書を受け取り、その日の朝まで、三島由紀夫が寝ていたベッドに座り、その遺書を読んだ時の話しを私にしてくれた。

その三島由紀夫直筆の遺書は、私も直接見せてもらったことがある。

今は地球環境の問題に精力的に取り組んでいる本多さんは「自然の摂理、バランスの崩れによって環境破壊が起こっている現状に加えて、ウィルスが猛威を振るっているが、ウィルスに勝とうとせずに、共生共存すること。ある意味この地球も、一つの生命体とみなすことができ、人間の体が様々な機能のバランスの中でその生命を維持しているのと同じように、地球も動植物や微生物などによって構成されている、とてつもなく巨大な生命体で、それを破壊しているのが人間の業と傲慢なのだ。その報いは結局人間が受けることになるだろう。」と言っていた。小説「美しい星」で三島由紀夫が伝えたかったことも、そういうことだったのではないかと思う…。

第二次大戦が終わって77年になるが、いまだに日本では不発弾が地中から発見され、毎日3発処理されていると言う。(沖縄が特に多い様だが…)争いを回避し、人類生き残りの道を歩んでほしいものである。

さてその「美しい星」の舞台、埼玉県飯能から夫との出会いの地である北海道知床に何度となく引っ越そうとしても、御神託で「おまえは、ここでまだやる事がある…」という声が毎回聞こえ、何かをやらざるを得ない状況になる事をこれまでもブログでお伝えして来たが、本当はその御神託にはまだ続きがある。それを伝える事で不安になる人もいるかもしれないと思い、あえて伝えてこなかったのだが、今回の戦争を見て、そろそろお伝えする時期が迫って来ているかと思い、あえて書きます。

今回の戦争とは関係ない30年ほど前にある御神託を受け取った。北海道知床に移住を考えると「攻撃される…」と聞こえる。「攻撃って何?」その時は何の事かよくわからなかった。

その後、大本教の宗教家で戦前の日本に多大な影響を及ぼした希代の預言者の故・出口王仁三郎が発したこれまでの数々の預言と現代社会に発している警告を知り、ぞっとした。

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出口王仁三郎の事をよく知らない人にあえて説明すると、明治4年生まれの出口王仁三郎は生前に世界中で起こる数々の予言を恐ろしいまでに正確に的中させてきた人物である。

例えば、日露戦争日中戦争・第1次世界大戦・第2次世界大戦、この戦争の開始から広島・長崎への原爆投下や戦争の終わり、その勝敗やその後まで全て予言的中させている。

それ以前の明治35年3月の神示には、この先の未来の日本において起こるであろう事を告げている。シベリア(ロシア)方面から外国の軍隊が、突然に攻め入ってくることが記されている。この外国軍は「北」からやってくる。そして北海道、三陸を通り、なだれの如く押し寄せて、日本列島を占領する。さらに、首都東京には核攻撃もあることがハッキリと示されている。このような大動乱により、日本の人口は3500万人になるという。そして非道な殺戮が、ある一定期間続き、残された因縁の身魂は再び原始の生活に還るとある。続いて世界の立て替えが始まるが、この神示によれば、空から流星が降ってくるのだという。

「この世をこのままにしておいたなれば、日本は外国に取られてしもうて、世界は泥海になるから、末法の世を縮めて松の世にいたして、日本神国の行状(おこない)を世界の手本に出して、外国人を従わせて、万古末代動かぬ神の世で、三千世界の陸地(おつち)の上を守護いたして、神、仏事、人民を安心させてやるぞよ。そこへなるまでに、世界にはもひとつ世の立て替えの大峠があるから、一日も早く改心いたして、神にすがりて誠の行ないに替えておらんと、今までのような、我さえ善ければ人は転けようが倒れようが見向きもいたさん精神(こころ)でありたら、神の戒め厳しきから、到底この大峠を越すことはできんぞよ。“世界の人民3分になるぞよ”という開祖はん(出口なお)のお筆先(神示)は今後必ず到来するぞ。日本は3分どころか2分より残らん。悪人は1人も残さんと、神様が言われるでなあ」と言っている。

この神示で出口王仁三郎は「北から攻め入る非道さよ」と予言した。『日月神示』にも、同じことが示されている。

私が北海道に移住を考えた30年前に受け取った御神託の「攻撃される…」の意味がようやくわかった気がした…。

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くしくも今、観光船沈没で日本中から注目されている北海道知床だが、地図を見てもらったらわかる様に、すぐ目の前に国後島をはじめ、北方四島があり、それらは、終戦時のどさくさに紛れて旧ソビエト(現・ロシア)が実行支配した島々で、今ロシアは着々と軍備を整えている。昨年のロシア海軍と中国海軍の合同演習でも日本を一周していたが、今年の2月には、ロシアの艦艇24隻が日本海オホーツク海で軍事演習を実施。3月には、ミサイルや魚雷を備えた艦船10隻が隊列を組み津軽海峡を通過して、自衛隊は警戒を強めていた。ロシア機の領空侵犯も近年は多く、最近、日本に対する示威行為も頻発している。

先日あるロシアの政治家が「ロシアは北海道の権利を持っている」という発言をしたというニュースを聞いてぞっとした。「あの土地は元々俺たちのものだ」というセリフは侵略者が必ず使うキーワードで、私が30年前に受け取った御神託の時期が迫っている気がした。

10年前に私は埼玉からご縁あって徳島に通う様になった頃、埼玉で私の体調のメンテナンスを定期的にやってくれている自然整体の先生から、数冊の本を渡された。

「東京の患者さんのお母様が京都にいらして、そのお母様からこの本を頂いたのだけど、読んでもあまり理解できなくて、これは奧野さんに渡した方が良いと思いました。」

と言って渡されたのは出口王仁三郎関係の本だった。聞けば、当時95歳(今は100歳を超えてます)のその方は、従兄弟の辻天水が出口王仁三郎に直接、裏神業を命じられ、ご主人と一緒に裏神業にはげんだ方だった。

受け取ったその本を読んでいたら、なんと私の事が名指しで書かれていた。

その整体の先生から「奧野さん、京都に住むその95歳の方にお会いした方がいい気がします!」と言われ、数年前まだコロナ騒ぎになる前に京都の金閣寺のそばに暮らす、その方を訪ねた。ドアを開けた瞬間、その方は突然号泣した。わけを聞くと「聖師(出口王仁三郎)に裏神業を言いわたされ、一緒におこなっていた多くの仲間は皆もう亡くなり、私一人が95歳までなぜ生き残っているのだろうと思っていたが、その理由が今わかった…。あなたに会って、聖師のメッセージをお伝えするためだったのだ。」と言った。その方の苗字は、私の結婚前の旧姓と同じで、しかも私の父方と同じ神官の家だった。深い縁を感じながら、出口王仁三郎の話しや裏神業の話しを聞いた。その詳しい内容は、今はお話しできないが、その方と一緒に裏神業を行っていた仲間の方が、出口王仁三郎から直接聞いた話や神業の事などを記録したたくさんのノートをその方に託しており、それを見せてくれると出してきた。

何十冊ものノートに手をかざし「これだ!」と思った1冊を手に取り、1ページ目を開いて驚いた。そこには、私の先祖が代々護ってきた、ある重要な物について書かれていたからだ。そこから、なぜ私が阿波(徳島)に導かれたのか、これから起こる恐ろしい大峠に対して、私がやらなけならない使命が、明確になってきた。あまり具体的な事は書けないのだが、人間誰しも生まれた使命や役割りがあるが、それに気づかず一生を終えたり、メッセージを受け入れず我を通したり、気づかないふりをしたり、逆らってみたりして、生まれた使命や役割りを果たせる者は少ない。

たとえ今世やりたい事と使命が違うものでも、自分の夢を果たしたくても、他人よりも自分の事が大事でも「自分達は、目に見えない大いなる力(宇宙の意志)の将棋の駒の一つに過ぎない」事を受け入れる勇気と今の地球規模の状況をみて与えられた使命や役割りを実行する行動力が必要である。

「我さえ善ければ人は転けようが倒れようが見向きもいたさん精神(こころ)でありたら、神の戒め厳しきから、到底この大峠を越すことはできんぞよ。」出口王仁三郎の残したメッセージを真摯に受け止める時かもしれない。

【個人セッション・あわたま自然回帰塾】

私は、個人セッション(カウンセリング)も仕事としてやっています。ご相談内容は、体調や病気の事・薬草の知恵・仕事の悩み・地方移住・人間関係・家族との関係・いじめや虐待・霊的な話・先祖供養など様々です。

メールにてご相談を受けて、数日間やりとりをして、最後に御神託を降ろし、お伝えします。私に何か聞きたい事や話したい事がある方やご相談がある方もぜひ個人セッションでやりとりしましょう!基本、日中はあわたまの仕事があるので、個人セッションは、夜にメールのやり取りで、対応していますので、遠方の方でも大丈夫です。

それから、不登校やひきこもりの子供のための「あわたま自然回帰塾」も参加者を募集します。自然の中で、不登校の子供達にあわたまの活動である、野菜の種まきや収穫や干し野菜作り、薬草の収穫や薬草茶作り、草木染めや陶芸のものづくり、木の剪定や草刈り、剪定した木でマキ作り、マキを焚いて収穫した野菜や薬草での料理づくりなど、あわたまの日頃の活動を体験していただき、そこから生きる力を学ぶ。関心のある方は「個人セッション」「あわたま自然回帰塾」それぞれ、お問合せのご連絡お待ちしております(^_^)

『亡くなった方々が残した大切なメッセージ』

東日本大震災から今日で11年。
地震津波原発事故という
“この世の終わり“かと思うほどの大災害…。

東北に物資を運びつつ、目の当たりにした光景は、今も目に焼き付いている。

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その時に車の中からこの現実を忘れないために少しだけ撮った写真です。

「街は壊滅し、放射能で汚染され、この先いったいどうなってしまうのだろう…」という不安と「いや!まだあきらめちゃいけない!」という思いで、避難している方々に物資を届けつつ、被災して亡くなった方々の霊に祓詞を唱え祈り続けた。

その後、2011年は、地震を鎮める祈りの旅を東北・関東・北陸と数回巡った。

この11年の間にも自然災害や疫病のパンデミックなどが世界を襲い、今度は戦争で人々が殺し合い、原子力発電所を破壊して、放射能でまたこの地球を汚染し、壊そうとしている…。

人間はいつになったら、大切な事に気づくのだろう…。

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私は、もう亡くなられている著名人の身近にいた方々と知り合い、親しくなる機会がなぜか多く、いろいろなエピソードを聞いたり、メッセージを受け取る事がある。

例えば、海外の亡くなった著名人では

ジョン・レノンマイケル・ジャクソン

日本の亡くなった著名人では

三島由紀夫出口王仁三郎

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以前『ジョン・レノン没後40年』というブログにも書いたが、引き寄せの法則なのか、ご縁があるのか、不思議と私は、ジョンと親しかった人から彼の人となりを聞く機会が多く、彼を身近に感じる機会が多かった。

中学の時、担任の女性の先生は、東京銀座の歌舞伎座すぐ横のビルのオーナーでそこに暮らしていて、ジョンがお忍びで日本に来るたびに歌舞伎を見て、先生のビルの1階のカフェでお茶をして、よく親しくお話しをさせていただいており「歌舞伎や日本の文化がとても好きで、とても影響を受けている」と話していたそうだ。

ビートルズを結成する前のジョンは美術学校で東洋文化専攻の友人から日本や東洋文化のことを聞いて「禅」や「空」の概念に興味を持っており、ビートルズで成功した時に、ふらっと入ったロンドンのギャラリーでみたオノ・ヨーコのアートはそれを反映したもので、ジョンは、深い感銘を受けた。

オノ・ヨーコは、日本の前衛的な芸術家で、

のちに「ビートルズを解散させた女」として世界から非難を浴びる一方、ジョンとともに平和活動や音楽活動・創作活動を続けてきた世界的なアーティストです。

私の母も絵を描く芸術系の人で、髪を下ろすとオノ・ヨーコにどこか似ていて、しかも名前がヨーコなので、私はオノ・ヨーコさんには親近感を感じていた。

テレビ局の美術部でデザイナーをやっていた時、隣りの席の先輩が、オノ・ヨーコさんとがっつり親戚で、子供の頃にジョンとヨーコに可愛がられて、葉山の家や軽井沢の別荘で一緒に写っているプライベート写真をたくさん見せてもらった。その先輩からとても貴重な話しを聞いた。

「イマジンという名曲は、ヨーコがいなかったら、この世に誕生しなかった。」

1964年にオノ・ヨーコの著書『グレープフルーツ』は、わずか500部の限定版として東京で出版され、実はその本を読んだジョンが、ヨーコの言葉を歌詞に使ってイマジンは生まれた。

そのエピソードは、最近NHKでも「イマジンの誕生秘話」として番組になっており、1980年にジョン・レノンが生前に残したBBCのインタビューでも話していた。

「実は、あれ(イマジン / Imagineの曲の作者)は ”Lennonono(レノン/オノ)” と表記されるべきだった。歌詞やコンセプトの大部分はヨーコから来ていたんだ。

あの頃の自分は今よりちょっと自己中心的で、ちょっと男らしさを履き違えてたから、彼女の貢献についてあえて言及しなかった。

でも彼女の本『グレープフルーツ』からまるまる着想を得ていた。“Imagine this”(これを想像してごらん)、“Imagine that”(あれを想像してごらん)って(言葉が本の中には)たくさん出てくるんだ」

そうしてイマジン(想像してごらん)という名曲の歌詞が生まれた。

実は、私はジョンが「イマジン」の歌詞を作詞した時の直筆の走り書きのメモを目の前で見た事がある。それは、泊まっていたホテル(ニューヨーク・ヒルトンホテル)の名前が入ったメモ用紙に歌詞を走り書きしたもので、埼玉スーパーアリーナでオノ・ヨーコ全面協力の「ジョン・レノンミュージアム」の特別展示で透明のケースに飾ってあった。

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東京のテレビ局のデザイナーを辞めた私は、結婚を機に埼玉県に引っ越してから、埼玉県が主催する埼玉スーパーアリーナでのイベントのセットデザインを依頼され、県庁の方の案内で埼玉スーパーアリーナに下見に行くと、4階・5階に「ジョン・レノンミュージアム」が併設されていて、特別に見せていただいた。

ジョン・レノンの使用していたギターや楽譜や衣装やメガネなどゆかりの品々が並べられ、ビートルズ時代の品々もあり、特別展示で、イマジンが誕生した時の歌詞の走り書きメモも展示されており、それを見て感極まり、最後の白一色の大空間の壁に大きくジョンが映し出され、イマジンを歌い始めた。私は、その空間の真ん中に置かれた一脚の透明の椅子に座った。歌っているジョンのアップの映像の下に日本語訳の歌詞が出た。その白い空間でたった一人のためにジョンがイマジンを歌ってくれるという演出で感動で涙が止まらなかった。

テロや紛争が起こるたびに世界中の人々がイマジンを歌う。オリンピックの開会式でも必ずイマジンは歌われる。そんな世界共通のメッセージソングの原点は、ジョン・レノンの妻のオノ・ヨーコであると、2017年に全米音楽出版社協会がやっと、”イマジン / Imagine” のクレジットに、ジョン・レノンの共作者としてヨーコ・オノを加えることを発表した。1971年に発売されてから、実に46年も経ってからである。

この曲に込められたメッセージを今世界は真摯に受け止めてほしい。

https://m.youtube.com/watch?v=wARpk54fv8U

そのジョンがまだビートルズで人気をはくしていた頃、ビートルズのメンバー全員、1968年にインドのヨギ・マハリシと出会い、マハリシの元で過ごし瞑想を学んで、当時のビートルズの音楽に反映していた。

そのマハリシに弟子入りして瞑想を学んだ音楽家でセラピストでもある私のセラピーの先生は、当時ヒーリングミュージックで日本のテレビやラジオの主題歌やテーマソングでかからない日はないと言うほど、使われており、私に作曲してくれた曲もNHKのとある番組の主題歌として、1年間流れていた。(その曲はそれから15年後に徳島の神山の道の駅で繰り返しかかっていて驚いた経緯があるのだが…)

その方がロスにいた頃にマイケル・ジャクソンと対談した事があった。

シンガーソングライターである彼のとても壮大なヒーリングミュージックをたいそう気に入ったマイケルは、後日彼を訪ね「僕と一緒にヒーリングミュージックを作って、この世界を愛が溢れる世界に癒やしてゆかないか?」と言ってきた。しかし、真のセラピストである彼は、「あなたが、生まれた時のありのままの自分を受け入れ愛せた時に、本当の意味での愛の曲が作れるのだと思います。」と伝えたそうだ。

マイケルは、その言葉を受け止め「そうだね…」と言って帰って行った。

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当時のマイケルは、昔の面影もないくらい、容姿が変わり、肌も白く、黒人として生まれてきた自分を明らかに否定してしており「その自分自身の中に人種差別があり、苦しいのだよ。ありのままの自分を受け入れたら、きっと本当の意味で自分も人も愛せるよ。」と彼はマイケルに伝えたのだと思います。

その気持ちが伝わったのかは、定かではありませんが、その後マイケルが作詞作曲して1991年に発表したのが「ヒール・ザ・ワールド」(世界を癒そう)でした。

生前、マイケルはあるインタビューでこんな質問を受けた。

「もし残りの人生で、1曲しか歌うことができないとしたら、どの曲を選びますか?」と質問され、こう答えたそうです。

「1曲だとしたら、それはヒール・ザ・ワールドだね。あの曲は、僕がレコーディングしてきたすべての楽曲の中で、特別な1曲なんだ。無垢で、とても大切なことについて歌っている。きっと多くの人々の心の中にこれからも長く生き続ける曲だと思っているよ。何かとても特別なもの、何かとても大切なものについての曲だから。」

本当にこの曲は、愛のエネルギーに溢れていて、何度聞いても涙が出る。

日本語に訳した歌詞を読みながら聞くと、とても大切な事を伝えていて、心に響きます。

「国々が剣をクワに持ち替えるのを見届けよう。必ずたどり着けるよ。君が命を大切に思いさえすればね。」

戦争・貧困・飢餓・差別・自然破壊…人類が様々な問題を抱え、経済至上主義でやって来た事のひずみが今、表面に現れて来ている。

剣を置いて戦争を終わりにして、クワを持って皆が土を耕して、生命を大切に思い生きてほしいです。

この地球に住むすべての人にこの曲を送りたい。

https://m.youtube.com/watch?v=-nkWacjF710

ジョン・レノンのイマジン

マイケル・ジャクソンのヒール・ザ・ワールド

という20年差で生まれたこの2大名曲の誕生に、それぞれ日本人が、もしかしたらきっかけとして関わっていたかもしれないというお話しでした(^_^)

彼らが残した、大切なメッセージを今しっかりと受け止める時だと感じます!

日本の亡くなった著名人の三島由紀夫出口王仁三郎が残したメッセージは、次回に書きます。

【個人セッションを受けてみませんか?】

私は、個人セッション(カウンセリング)も仕事としてやっています。

これまでのご相談は、体調や病気のご相談・薬草の知恵・仕事の悩み・地方移住・人間関係・家族との関係・いじめや虐待・霊的な話・先祖供養などいろいろです。

ご相談を受けて、数日間やりとりをして、最後に御神託を降ろし、お伝えします。

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『続・武蔵国から阿波国へ』

前回のブログ『武蔵の国から阿波の国へ』の続きです。

2008年に徳島県の阿波麻植の方々が、大学の恩師に連れられて、埼玉県の私の拠点の地に来られた時、私には、その方々が麻植の神が派遣した使者で「阿波国よりお迎えが来た!」と感じた。

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当時は、御神託により「水害が来るから船を造りなさい。」とメッセージを受け取り、その日のうちに『ノアの箱舟』の設計図や情報を持って来る人が3人も現れた事で「やるしかないか…」と腹を決め、当時人気の映画「パイレーツ オブ カリビアン」やアニメ「ワンピース」など海賊ブームだったので、埼玉の森林組合や東京のNPOと一緒に「水害対策の防災船(海賊船)を地域の木材を使って子供達と造る」という名目で国からの助成金で、毎週末に地元の子供達や大学生や大人達を集め、2年かけて大きな木造船(海賊船)を造り、東京の隅田川で船の完成お披露目イベントをして、その後処理仕事などでバタバタしていた。

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その後、東日本大震災が起こり、実際に水害は来たが、その船を使う事はなかった。

「造らなければならなかったのは、この木造船ではなかったか…」と思った時、ハッ!と思い浮かんだのが、私が大学の卒業制作で設計し、芸術学部賞をいただいた、海に浮かぶ建築物だった。それは木造とは真逆の金属と強化ガラスで出来た建物で、今よくよく見ると六芒星の宇宙船の様だった。

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このデザインが頭の中に降りて来たのは、実に30年以上前、20歳の時に神戸で六甲山を眺めていた時だった。

今思えば、六甲山中の金鳥山の神社で御神体として護られていたのが『カタカムナ文字』で書かれた巻物で、古代カタカムナ文明の事が書かれており、その中に「アメノトリフネ サヌキアワ」「トリノイハクスフネ オホケツヒメ」という一節がある。日本の神話にも「鳥之石楠船(トリノイワクスフネ)の神、亦の名は天の鳥船(アメノトリフネ)といふ。次に大宣都比売(オホゲツヒメ)の神を生みたまひき」という場面もあります。ちなみに『オオゲツヒメ』とは、阿波の女神の事である。

「船を造れ…」とは、天の鳥船=六芒星の宇宙船のことなのでは…そのために私はあれを設計をしたのかもしれない…などと思ったりもした。

今で言ったら、人が大勢乗れる巨大なドローンみたいな物を造れと言う事か…。

いやいや、模型なら作ったが、私に現物を造れというのは無理でしょ…(^_^;)

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そんなことで、震災の翌年2012年にやっといろいろな活動も一段落し、阿波に行ける体制が整った事をご連絡したら、徳島県のプロジェクトなので、徳島県助成金で、交通費と宿泊費を負担してくれて、先方が往復の飛行機のチケットを用意してくれるとの事だったのですが、私は20歳の時に、ニューヨークからロンドンに移動する飛行機に一人で乗っていて、乱気流に巻き込まれて、飛行機が大揺れしながら一気に高度を下げ、墜落しそうになり、酸素マスクをつけながら、恐怖で震えた経験がトラウマとなり、以来飛行機が苦手で、国内はよほど急ぎでない限りは、他の交通手段を使って移動する様にしている。

それと御神託で「神戸は『神の戸』で『鳥居』を表し、淡路島は『阿波に至る路』で『参道』を表し、鳴門海峡の渦潮は『お清めのための禊ぎ』を表し、その先の阿波(徳島)が真のお社(やしろ)である」と受け取ったので、やはり飛行機で空を飛び越えるよりも、神戸から淡路島を通り、鳴門の渦潮の上を通り、阿波までの道のりを地を走って至るのが、正式な道筋だと感じた。

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深夜の高速バスで東京を出発し、朝焼けで空が美しく染まって来た時に神戸(鳥居)を通過し、明石海峡を渡り、神話の始まりの島・淡路島(参道)を通り、鳴門海峡の渦潮(禊ぎの聖地)の上を通過し、阿波(お社)に辿り着くまでに「いよいよ、日本の真の聖地・阿波国に渡る」という覚悟をしっかり持った。

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着いた初日は、徳島県の職員の方が、県内を1日案内してくれるとの事で、事前に行きたい場所を聞かれたので「麻に関係する所」と伝えていました。

朝6時に徳島に着いたら「奧野さんですか?お待ちしておりました。」と早朝にもかかわらず、県の職員の方が出迎えてくれた。

車に乗り込み、走り出してすぐに見えた標識に『神山』の文字が目に入り「神山…」とつぶやくと県の職員の方が「あっ!奧野さん卑弥呼!いま急にそう思っちゃった!」と突然叫んだ。

「うわ…またか…」と思ってしまった。

実は、私は霊感の強い方に会うと必ず「あなたの後ろに卑弥呼がついている…」ともう何人もの方に言われてきた。私の店を手伝ってくれていた不登校の中学生の女の子も巫女体質で昔から霊感が強く、人の守護霊やオーラの色が見える子で「玲さんの後ろに古代の服を着た高貴な女性がついて守護しています」「何回か言われた事あるのだけど、もしかして卑弥呼?」と聞くと「あっ、そうみたいです」と言って、絵で描いてくれた事がある。

まさか、初めて徳島県に着いて、初対面の人に会って5分で言われると思わなかった…。

実は、その数ヶ月後に初めてお隣りの香川県に行き、初対面の女性に会って5分で「あっ!奧野さん卑弥呼!いま急にそう思っちゃった!」と徳島の時と全く同じ事を言われた。その方もとても霊感が強い方でいろいろ見えるのだと娘さんが言っていた。

「恐るべしサヌキアワ…。四国に着いて初めて出会った人達にすぐに『卑弥呼』と言われた…。これは核心をついた場所に来てしまったのかもしれない。隠されている邪馬台国は四国か…。」と直感で思った。その後の10年間で御神託でいろいろなことがわかったが、邪馬台国については、またそのうちにブログでお伝えします。

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初めて徳島に着いて「麻に関する場所」としてまず最初に案内されたのは、鳴門の阿波国一宮・大麻比古神社でした。

ここは「おおあささん」と呼ばれて親しまれている徳島を代表する神社で、鳥居をくぐってまず迎えてくれるのは、天然記念物に指定されている樹齢1000年以上のくすの木の大木で、この御神木が大麻比古神社でいちばんのパワースポットといわれています。

パッと見、象が鼻を上げている様にも見える御神木の幹にあいた大穴(象の目のあたり)を見ると「才能の扉が開かれる」と言われており、大きく枝を伸ばした御神木の姿は生命力にあふれ、パワーを感じます!

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阿波国淡路国(淡路島は江戸時代まで徳島藩で明治の途中から兵庫県側になる)両国の総鎮守である大麻比古神社は、社伝によれば「神武天皇の御代、天太玉命の御孫の天富命が阿波忌部氏の祖を率いて阿波国に移り住み、麻・楮の種を播殖して開拓し、麻布木綿を生産して殖産興業と国利民福の基礎を築いたことにより祖神の天太玉命大麻比古神)を阿波国の守護神として祀った」のが始まりだと言います。

神社の社紋も麻文様です。

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裏の大麻山(おおあさやま)には、大麻比古神社の奥宮が祀られており、山頂直下には「真名井の水」という名水も湧き出している。

すぐ隣りには四国八十八箇所霊場第一番札所・霊山寺(りょうぜんじ)があり、四国遍路の「始まりの場所」なので、大麻比古神社にも道中の無事を祈願するお遍路さんの姿を多く見かける。

私は記念に桐箱に入った大麻織物の御守りを購入させていただきました。

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さて、次に案内されたのは、鳴門から車で2時間ほど山奥まで走り、徳島県の真ん中あたりの旧・麻植郡木屋平村(現・美馬市木屋平)の高地にある、国指定重要文化財の三木家住宅。

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ここは1650年頃に建てられた県内最古の古民家で、ご当主の三木氏は、阿波忌部の直系で、古代以来、この地で大麻(おおあさ)を育て、その繊維を麻糸にして、大麻織物の麁服(あらたえ)を織り、天皇即位の大嘗祭における御殿人(みあらかんど)として調進していた。

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三木氏は今は大阪に住まわれているのだが、この時は、県の職員の方が事前にアポを取って徳島に来られているのを確認して、なぜか私の事を「東京の麻の研究者」とお伝えしており、わざわざ出迎えてくださった。

天皇の麻畑の場所や重要な資料や道具類を見せていただき、古い時代の貴重な麁服の糸や残りの麻布なども見せていただいた。

とても興味深いお話しをたくさん聞かせていただき、感謝しつつ、三木家を後にして、次に案内してくださるのは、剣山にほど近い、つるぎ町貞光の忌部神社(御所神社)との事だった。

忌部神社なら、大嘗祭の麁服を織る、吉野川市の山崎忌部神社の方では?」と聞くと「これから阿波麻植森林組合と木材を使って吉野川市を拠点にものづくりをするので、吉野川市忌部神社はいつでも行けるから、剣山の方をご案内しました。ここは、私の故郷なのです。」との事。というわけで、私は麁服の山崎忌部神社よりも先に剣山の忌部神社(御所神社)に導かれました。その二箇所の神社は明治時代にどちらが正当な忌部神社か揉めて決着がつかずに徳島市眉山に新たな忌部神社を造ったとの事で、ややこしい経緯があります。両方共、もともとは麻植郡になり、山崎忌部神社は、忌部山に建っており、忌部山の山中には、立石で結界がはられており、古墳が点在してかなり古いと思われる。

つるぎ町貞光の山間部の御所平と呼ばれる場所に鎮座する忌部神社(御所神社)は「式内大社忌部神社奥社」とされ、近くには巨石の磐座があり、こちらもかなり古いと思われる。付近の集落は、その方のご両親のそれぞれの生家や親戚の家があり、その方は、剣山系貞光忌部の方だった。

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御所神社に着くと最近では珍しい無垢の木製の鳥居で、自然木のごつごつした形をそのまま生かしていて、とても良い感じでした。

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神社もとても人々に大切にされている様で、立派ですごくきれいに管理されており、松の木やエドヒガン桜が見事でした。

初めて来た徳島は、初日から鳴門・大麻比古神社から木屋平三木家を経由して剣山貞光・忌部神社まで、ディープスポットをかなり広範囲に動き、最後は阿波富士と呼ばれる吉野川市忌部神社近くの聖なる山・高越山のふもとの「ふいご温泉」に案内され、宿泊しました。

10年前の事ですが、やはり阿波国は、なかなか濃い場所だと実感しました。

【個人セッションを受けてみませんか?】

私は、個人セッション(カウンセリング)も仕事としてやっています。

これまでのご相談は、体調や病気のご相談・薬草の知恵・仕事の悩み・地方移住・人間関係・家族との関係・いじめや虐待・霊的な話・先祖供養などいろいろです。

ご相談を受けて、数日間やりとりをして、最後に御神託を降ろし、お伝えします。

私に何か聞きたい事や話したい事がある方やご相談がある方もぜひ個人セッションでやりとりしましょう。女性が多いので、男性もぜひご相談ください!

基本、日中はあわたまの仕事があるので、個人セッションは、夜にメールのやり取りで、対応していますので、遠方の方でも大丈夫です。

ご希望の方は「個人セッション希望」とご連絡お待ちしております(^_^)

『武蔵の国から阿波の国へ』

新年あけましておめでとうございます!

本年もRei-waのブログをどうぞよろしくお願いします。

2019年の11月末に「もう本当の事を皆に伝えてよい。厳しい事も皆に伝えなさい。皆が目を覚まして腹をくくる時が来た…。」と御神託を受け取ったので、ブログを開設して伝え始めた。

(その直後、中国からコロナ騒ぎが始まった…)

神官の血筋からか、巫女体質で子供の頃から様々な特殊体験をし、御神託で降りてきた事を検証するため、自分の足を使って現地に行き、五感をフルに使い、第六感を研ぎ澄まして探究を50年かけてしてきた。キャッチした事を少しずつブログに記録し、伝えていますが、書く事は山ほどあるけど、ネットでどこまで伝えていいものか、迷いながら、月に1.2回更新するペースなので、Facebookなどでご縁があった方々にお知らせして、読んで頂けたらいいかなと言う感じでやってます(^_^)

これまでのブログは長い文章だけで、読むのがしんどかったと思うので、今年は途中に挿し絵ならぬ挿し写真を入れてゆこうと思います。

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今年のお正月は、精麻とマコモの注連縄に自然栽培のイセヒカリ南天のお飾りです。

これは、12月に埼玉の友人がお隣り淡路島にお仕事の見学で来られ、阿波にも足を伸ばして訪ねて来られた時に様々なお土産と一緒にいただいた物です。

彼女は、日本一の生産量を誇る栃木の麻農家の大森由久さんの元で麻の栽培を学び、表皮の繊維を精麻にし、茎のおがらで麻炭を作り、麻の手仕事を学んだ人で、日本の麻の発祥の地であるこの阿波麻植(徳島県吉野川市)に、今改めて麻の仕事で生きてゆく覚悟を誓いに来たのである。

突然来られたので、私もあわたまの無農薬野菜やお茶など様々な製品の発送作業と物産館や地域の大掃除などでバタバタしていたのですが、彼女の本気の決意を感じ、麻植の神から「力を貸してあげなさい」と言われいるとも感じ、仕事の合間を見て、古代阿波忌部が祈りを捧げていた巨石と忌部七摂社をご案内しました。

(コロナでお休みしていますが、通常は有料の忌部ツアーとしてご案内しています。)

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彼女は40代(写真右)ですが、旅を同行された方々は、70代(写真左)と80代(次の写真)の女性達だったので、道なき山の中を歩くのは、厳しいと思ったのですが「どうしても行きたい!」と言われ、足を滑らせたら危険な山中を歩いて、なんとかたどり着く事が出来ました。

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この写真のお二人は、最強80代コンビ。左の女性は81歳で、右は今年80歳のあわたま山の後藤田さんです。全く息切れする事なく、足場の悪い山をひょいひょい「天狗か!?はたまた猿田彦か!?」という勢いで、ついて行くのがやっとでした(^_^;)

本当に足腰もお元気であやかりたいです。

よくいろんな方から聞かれるのだが、その埼玉の友人からも「玲さんが徳島に移住されたきっかけは?」と聞かれた。これは自分の意志と言うよりは、私は何かの大きな力によって動かされてる将棋の駒のひとつに過ぎないので、御神託があれば、腹をくくって素直に従うのである。

そもそも東京から同じ武蔵の国・埼玉に移住したのも自分の意志ではなかった。夫と出会った北海道の知床に移住して家具工房をする予定だったが、御神託で埼玉の山奥に行く様に導かれた。数年間のつもりの埼玉移住が、転機が訪れるたびに、もう埼玉を離れようとすると「お前はまだここでやる事がある」と御神託が降りてきて、次にやらなければならない事が向こうからやってくる。そんなことが3回繰り返され、20年が経った頃には、埼玉(幸魂)がなぜ重要なのか、ほぼわかってしまった。

(その事は、今後のブログで少しずつお伝えしてゆきます。)

埼玉に移住した20代後半は、卒業した大学の芸術学部美術学科研究室に勤めており、建築設計・空間デザインや家具やインテリア品の製作などを教えたり、授業のアシスタントをしていた。

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その後、30代は、物作りをする作家達の作品発表の場として、オリジナル手作り作品の販売の店「くらしの陽だまり」をしつつ、私の本業である空間や家具のデザインや家の施工を地元の西川材という木材を使ってやっていたのですが、ハウスメーカーが建てた家の建材による化学物質アレルギーやシックハウスで苦しんでる人がとても多く、なんとかしてあげたいと思い、対策を研究して、薬草の発酵液「万生」で化学物質を無毒化して、日本人の昔ながらの暮らしに馴染みのある自然素材(木・土・石・和紙・草・布)を使って、安全に暮らせるように自然リフォームをしていました。

しかし、化学物質過敏症やアレルギーを発症すると、空間を自然素材で直しただけでは、身体は完全には元に戻らず、やはり衣・食・住の全体を見直す必要がある事に気づき、その後、店内を自分でトントン改装して(写真)、薬草オーガニックカフェとして安全な食にも力を入れ、そこで草木染めの自然素材の手作りの服も販売し、衣・食・住トータルで暮らしを見直す店として展開しました。

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その当時「日本人に古くから最も馴染みの深い素材は何だろう?」と思った矢先、引き寄せの法則で、カフェの常連さんが「この本読んだ事ある?」と持ってきたその本には、縄文の時代から日本人に最も馴染みが深く、衣食住に使われてきた植物は『おお麻』であり、産業資源としての無限の可能性、世界各地の古代文化とのかかわりなどが詳しく書かれており、古代日本のおお麻の原点は、阿波国(徳島)の麻植郡(吉野川市美馬市)で、阿波忌部がその地でおお麻を植えて、神事や天皇の祭事に使ったり、おお麻の繊維から布を織り麻布を作り、紙を漉き麻和紙を作った事が始まりであったなど詳しく書かれており、阿波の重要な山や神社や遺跡などがたくさん紹介されていた。

それから、空間作りに麻素材を取り入れる様になり、麻の床材や麻の壁紙を壁や天井に貼ったり、土壁や塗り壁の割れ防止の繋ぎ材として麻すさを入れたり、麻の断熱材を試してみたり…いろいろ研究をしつつ、徳島の地図を買ってきて、重要な場所をチェックして、麻や忌部や阿波麻植の歴史を調べていた所、私を大学の研究室のアシスタントとして呼んでくれた恩師であり、日本を代表する木造伝統工法建築の研究者である深谷基弘教授から「君がそこで一緒にやっている森林組合や伝統工法の棟梁の所にお客さんを何人か連れてゆくから。」と突然ご連絡があり、2008年の冬に3人の方々を埼玉の私の拠点の地域に連れて来た。

「どちらから来られたのですか?」と聞くと「徳島県の阿波麻植森林組合です。」と言うではないですか!でたー!!引き寄せの法則

「阿波麻植森林組合って徳島県吉野川市忌部神社のある所ですか?」と聞くと「はい!忌部神社は近くですよ。よくご存知ですね。」と言われ「遂に繋がった!」と思い、興奮しつつ、「今、私は麻や忌部や阿波麻植の歴史を研究していたのです!」とかばんにいつも入れている本や資料を見せると「これは、私達の地域ですね。私達は徳島県吉野川東部農林水産局と阿波麻植森林組合吉野川市里山工房美郷ですから。」との事。そのやり取りを聞いていた深谷教授が「本当かよ!凄いな。プロジェクトに参加するか?」と言ってきた。

「プロジェクト?」

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それは、徳島県阿波麻植地域の木材の需要拡大に向け、大学とコラボして、デザインの力を取り入れ、徳島杉を使ったインテリア・家具・屋外空間具などを開発し、商品化するプロジェクトだった。

「なぜ数ある大学から、うちの大学を選んだのですか?」と徳島の方々に聞くと、

深谷教授は、法隆寺の西岡棟梁を始め、日本を代表する10名の宮大工の棟梁の技術を後世に残すために、継手の技術を手描き図面に起こし、40年かけて宮大工全集を作られたというすばらしい実績のある方なので、ぜひ深谷教授の大学と一緒にやりたいと思いました。」との事でした。

私もそんな深谷先生を本当に尊敬しており、実際の家づくりの現場を経験するために大学勤務を辞め、埼玉の西川材の森林組合や伝統工法の棟梁と関わり、深谷先生にご紹介して、大学の学生達と埼玉の森林組合・大工の棟梁との様々なプロジェクト等をやってきたので、今度は、徳島の阿波麻植森林組合とのプロジェクトが2009年から始まることを知り、関わらせていただくことになったが、その時、自分の仕事の予定が詰まっていたので、それをこなしているうちに、東日本大震災があってプロジェクトも中断し、私も東北の被災地に物資を届けたり、東北から関東に避難してきた方々のお世話をしたりと、バタバタして、結局、いろいろ落ち着いて徳島に毎月通う様になったのは、震災の翌年の2012年からで、徳島の方々が埼玉に来られてから、実に4年も経ってしまった。

やっと準備が整い、いざ!阿波麻植の地へ出陣!

阿波国編は次回へ続く。

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これまでのご相談は、体調や病気のご相談・薬草の知恵、仕事の悩み、人間関係・家族との関係、いじめや虐待、霊的な話・先祖供養などいろいろです。

ご相談を受けて、数日間やりとりをして、最後に御神託を降ろし、お伝えします。

私に何か聞きたい事や話したい事がある方やご相談がある方もぜひ個人セッションでやりとりしましょう。女性が多いので、男性もぜひご相談ください!

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