『宇宙より愛を込めて∞』

新年あけましておめでとうございます!

今年もRei-waブログをよろしくお願いします!

写真は、国際宇宙ステーションにいる野口聡一さんが実験棟「希望」から見た地球の初日の出を生中継しており、あまりに幻想的で美しかったので、そのテレビ画面を撮影して編集してみました。一瞬ごとに色と形が変化し、宇宙の神秘を感じました✴️

宇宙ステーションにいる野口聡一さんは、90分間で地球を1周しており、1日に地球を16周しているので、日の出・日の入りを1日16回見ているそうです。東京から熱海に行くぐらいの時間で地球1周って、そんなスピードで地球を回っても、重力が無いから大丈夫なのですかね…。1日に日の出日の入りを16回も体感していたら、体内時計が狂って来ないのかしら…とか、いらぬ心配をしてしまいますが、同じ日本人でそんな経験をしている人達がいるという事は、凄い事ですね。

私は、30年前に日本人初の宇宙飛行士の宇宙プロジェクトにスタッフで関わった事があります。

1990年、私がTBSテレビでデザイナーをやっていた頃、TBSのジャーナリスト秋山豊寛さんが、ソ連のバイコヌール宇宙基地から宇宙船ソユーズに乗って宇宙ステーションミールに滞在して、宇宙から地球を報道するという「TBS宇宙プロジェクト」に私も美術スタッフとして参加しており、その準備から打ち上げや地球に帰還するまでを身近に体験しました。

当時は、アメリカのNASAスペースシャトルチャレンジャー号が打ち上げで爆発し、宇宙飛行士が全員死亡したため、1989年に毛利さんが乗るはずだったスペースシャトルの打ち上げが中止になり、結果的に1990年打ち上げのTBSの社員である秋山さんが日本人初の宇宙飛行士となり、宇宙ステーションミールに滞在する初の民間人となりました。

ユーミンが、そのプロジェクトに合わせてテーマソングの「SAVE OUR SHIP」という曲を作り、レポーターとしてバイコヌール宇宙基地を訪れ、この曲を熱唱してくれました。

ソユーズ打ち上げ成功の時にもこの「SAVE OUR SHIP」が流れ、スタジオで巨大モニターを見ながら、平成元年から長い時間をかけて準備してきた苦労が打ち上げの成功ですべて報われ、スタッフが皆泣いていた様に思います。

TBSドラマ「下町ロケット」を見た時、あの時の宇宙船ソユーズの打ち上げのドキドキ感と打ち上げ成功の感動を思い出しました。

秋山さんは、宇宙酔いに苦しみつつも、宇宙から見た地球を中継し続け、ジャーナリストとして地球の問題を報道しました。

8日間宇宙ステーションに滞在し、その後、無事に宇宙船ソユーズで地球に帰還しました。

最後の小さなカプセルで地上に着地して、秋山さんの無事を確認した時にプロジェクトは成功し、皆が喜びました。

秋山さんは宇宙に行ったことで「お金や権力や名声などと云ったものが、あまりにもちっぽけで、そういったものに興味が湧かなくなった」と5年後TBSを退職し、無農薬の有機農業を始め、椎茸や米や大豆や粟などの穀物と30種類以上の野菜を育て「あぶくま農業者大学校」を主宰しました。

やはり、大切な事に気づいた人間は、土を耕し、無農薬で野菜や米を育てるのですね。

以前のブログ『困難を極めた時のリーダーの資質』で紹介した、2度の大災害から人々を経済的に救った日銀の遠藤さんもその後、無農薬栽培で野菜を育て始め、早朝に畑仕事をしてから、日銀に勤務したり、国会で答弁したり、していました。私は、その遠藤さんの書斎や農作業の道具や収穫物を収納する小屋やあちこちをリフォーム・増築をさせていただきました。

私も東京で生まれ、いろいろやって来て、人間として何が大切なのか気づき、地方に移住して、無農薬で野菜や米を育てていますから。

昔から自分で食べる物を自分で育てる事は、皆があたりまえにやっていた事で暮らしの基本ですから。まず、そこから始める。原点回帰ですね!

元日に宇宙から地球の美しい初日の出を見て、これからは、地球全体の事を考えて、行動する時代だと感じました。

子供達のためにも、良い地球にしてゆきましょう!

【個人セッションお試し期間のお知らせ】

私は、セラピーを20代後半に数年間、体験・学ばせて頂き、個人セッション(カウンセリング)も仕事としてやらせて頂いています。

これまでのご相談は、体調や病気のご相談・薬草の知恵、この先の仕事の悩み、人間関係・家族との関係、いじめや虐待・トラウマ、霊的な話・先祖供養、隠された歴史の話などいろいろです。

ご相談を受けて、夜にメールのやり取りで、対応しているので、遠方の方でも大丈夫です。

最後にあなたへの御信託を降ろします。

通常は数日かけてじっくりメールのやりとりをして料金は1万円なのですが、1月は【お試し期間】として、1日のみ数回のメールのやりとりで御神託をお伝えして、通常の半額でやります。ご希望の方は『お試し個人セッション希望』とご連絡いただき、希望の日時をお伝えください(^_^)

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『不穏な空気』

今年は、皆がコロナに振り回された一年だったが、その裏で不穏な動きがとても気になる。

今年の11月19日に衆議院本会議・12月2日に参議院本会議で「種苗法改正案」が可決されました。

農家が種を自家採種したら懲役10年、罰金1000万円と言われる法案とは、農家は遺伝子操作された種から作られた野菜を生産販売し、肉や卵もエサにゲノム編集された飼料を使い、そんな食材を食べ続けた国民は、2人に1人ガンになり、わけのわからないウィルスに侵され、遺伝子操作されたクローン人間の様になってしまう…。

そして遺伝子操作されたワクチンを打たれ、5Gの強力な電磁波を浴び続け、血液が巡らず、脳が壊され、そうやって食や健康をコントロールされる。

今年、ゲノム編集の研究者2人がノーベル化学賞を受賞しましたが、生物そのものを変え、 食料・エネルギー問題を解決する品種改良だとされていますが、海外でゲノム編集の飼料を食べ続けた牛の角が消えたという様な安全性に疑問視する情報もある中、遺伝子組み換え・ゲノム編集・ワクチン・5G、すべて人体実験としか思えない…。

私のブログを読んでくださっている方ならご存知と思いますが、もともと私は空間デザインの仕事をしていましたが、今の世の中、衣・食・住全体が化学物質づけになっており、特に「食」は直接、身体の中に入ってくる物なので、このままでは、血液も細胞もみな汚染され、取り返しがつかなくなると感じ、安全な野菜や毒素を排出する薬草茶や血液を浄化し、健全な細胞をつくる核酸など人間に本来必要な物をあわたまで提供して行こうと思い、今は活動しています。

国はさらにマイナンバーカードで国民の情報のみならず、個人の銀行情報や医療情報なども管理してデジタル管理社会をつくる。

日本国民も政府によって健康や財産も管理され、「秘密保護法」で行政機関が国民に知られたくない情報を「特定秘密」に指定して隠し、それを指摘するネットの書き込みなどを削除し、自由に物が言えない状況にじわじわとなって、デジタルで監視する社会を作り上げてきている。

私はこの一年、ブログで政治に対しては、厳しい事を書かせてもらったが、国民が政治に対して厳しい目を持っていないと、しれっと国会で自分達に都合のよい法案を通し、いつのまにか、国民が管理される社会になり、気がついたら、自由にものを言えない状況になってゆく…。

中国に管理され、自由を奪われてゆく、香港の人々を見ていると、日本の国民も人ごとではない。

香港で「無許可集会扇動罪」などに問われた民主活動家の周庭氏ら3人に禁錮刑が言い渡されたことへの抗議声明が、世界各国で起こっているが、20代前半の彼女の様な勇気ある若き活動家達は、香港だったから現れたが、中国本土からはなかなか現れない。中国で生まれ育った若者達は、中国共産主義に表立って物を申す事ができないので、抗議活動など起こさない。物を言えば、今回の様に捕らえられ、実刑になる事がわかっているからだ。

私も周庭さんと同じ歳頃の時期に、近隣のアジアの国々の国民性の違いにとても関心を持った。

30年以上前、大学に入学して、クラスに韓国と台湾からの留学生がいて、親しくなった事が、きっかけだった。

ある日、韓国からの留学生が体調を崩して学校を休んだ。私は、家で両親と食事中にその事を話した。すると少々お節介な私の母親がいつの間にか、彼女に連絡を取って、彼女を病院に連れて行き、食事を作ったり、看病したり、通っていたらしい。そんな事は知らずに、数日後、彼女が元気になって学校に現れた時に「玲ちゃんのお母さんが、病院に連れて行ってくれて、看病してくれた。韓国の両親にその事を話したら、『それは本当に日本人か?日本人にそんな親切な人間がいるのか?信じられない…。』と言っていた。」と聞き、いろんな意味で驚いた。

娘の日本留学を認める親でさえ、日本に対してそんなに厳しい目で見ているのなら、一般の韓国人は、もっと厳しいのだろうとその時に感じた。「じゃあ他の国々の人々はどうだろう?」と興味が湧いてきて、10代の終わりから20代の半ばまでに、国民性の違いを体験する旅として、アジアは、台湾・香港・中国の中華圏と欧米は、アメリカとイギリスに行ってみた。

当時は、建築デザインを学んでいたので、有名な建築家の事務所で図面のトレースのアルバイトや建築雑誌に載せる建築模型作りの仕事をして、稼いだお金をすべて旅行に注ぎ込み、親には「それぞれの国の建築物を見に行きたい。成人式は出ないので、着物代を旅行代にあてたい!」などと言って、旅行費用を集めた。

10代の終わりにまず台湾に行ってみた。

私と台湾からの留学生の女の子とクラスメイトの男の子2人の4人で2週間かけて、台湾を1周した。留学生の子が、事前に他の科の台湾留学生達にこの旅行のプランを相談していて、私達が2週間スムーズに台湾を1周出来る様に、完璧なプランでおもてなししてくれた。

各地で貴重な建築物を見学し、名所を観光案内してもらい、その地の美味しい物をご馳走になり、宿泊は、各留学生やその親戚の各地の家や別荘やゲストハウスにすべて泊めていただいた。毎日、日替わりでいろんな方がプランを立てて、もてなしてくれた。すごくフレンドリーで明るい国民性だった。

驚いた事に、留学生はもちろんだが、その両親や兄弟や親戚の方々まで、皆が日本語を話せた。年配の方々は、日本が統治していた時期に強制的に学ばされ、覚えたとの事ですが、若い人達は、今のようにインターネットの時代ではなかった時に、これからの先を見据えて、日本との文化的交流を深めるために日本語を学んでおり、台湾語・中国語・英語・日本語を話せた。

それらの事から台湾の人達は、先周りをして、素早く準備し、完璧に実行する印象があった。まさに今回のコロナ対応で、台湾はいち早く情報を収集して、素早い行動を起こし、世界のどこの国よりも完璧にコロナを封じた。今の時点で台湾はコロナ死者7人しか出していない。スピード感ある対応で、国民の命も経済も守っている。

その後、大学卒業後に、まだイギリスの統治下だった香港に行った。LOFTマガジンの取材に同行して、香港で選んだインテリア雑貨を特集して頂いた。そんな、取材旅行だったので、台湾の時の様に、香港の人々や、その暮らしに触れる機会があまりなかったのが残念だったが、若者達は、自由を楽しんでおり、流行に敏感で、イギリス領だけに英語も話せる人が多かった。

その年に九龍城(クーロン城)が解体されるとの事だったので、解体される前にあの要塞の様な建物をどうしても見ておきたかった。

九龍城とは、城ではなく、中国本土から逃げて来た3万人以上の人達が住み付き、増築に増築を重ねた「要塞」の様なスラム街であり、一度入ったら出てこれないという無法地帯であった。

LOFTマガジンの編集部の人達も九龍城の最後の姿を取材したいとなり、現地のガイドさんに案内してもらったが、九龍城入り口の薄暗い通路で、ガイドの男性が震えて「おれは、数年前にこの場所で足を撃たれた。もうこれ以上は、危険だから、車に戻ろう…。」と銃で撃たれた足首の傷を見せられた。確かに異様な雰囲気だったので、それ以上進む事は断念した。

スラム街の暮らしは、想像以上に殺伐としており、香港マフィアの隠れ簑で香港の「闇」を感じた。自由を求めて、中国本土から香港に逃げてくる人達は後を経たず、スラム街は膨れ上がった。無法地帯となった九龍城を香港政府が取り壊す事を決め、住人と立ち退き問題で揉めていた。

香港に逃げてくるほど中国は、実際の所どうなのか…それから数年後に新婚の夫と中国に行ってみた。

中国では、万里の長城故宮天安門広場など代表的な建築物を見に行った。まだ、世界遺産がない時代だったので、今ほど混んでなく、じっくり見学出来た。

歴史の古い中国の建造物の中でも万里の長城の起源は紀元前8世紀までさかのぼり、各地で作られた防壁を紀元前3世紀に秦の始皇帝が北方民族の侵入に備えて繋ぎ合わせ、さらに西方に延ばし、全長約6000kmといわれる長大な防壁として築かれた。

実際に万里の長城を歩いて見ると、まさに大地をはう「巨大な龍」で、こんな壮大なものを紀元前の時代に重機もなく、人力だけで造りあげるこの国の人々の底力は、はかり知れないと感じました。

ラストエンペラーでお馴染みの北京の紫禁城は、世界の中心を地上に具現した領域で、北極星の天帝に代って地上を治める皇帝の住む宮殿として、1421年に南京から北京へ都を遷してから、清朝の滅亡まで使われた。「紫宮」とされ、庶民などが自由に入るのを禁止された城で「紫禁城」と呼ばれた。現在は故宮博物院となっており、中国の歴代の皇帝らによって収集された歴史的文化財を保存、展示する、皇帝権力の象徴的な博物館となっているが、戦時中に日本軍が進軍して来たために、博物院の所蔵品を戦火から守るため重要文物を南方へ疎開させ、最終的には、多くの所蔵品を台湾へ移動した。ちなみにその所蔵品を移動させた、台湾の台北にある国立故宮博物院も私は拝観しているので、中華民族の歴史的文化財や美術品の国宝級の物は、ほとんど見ており、その技術力の高さに驚愕した。

紫禁城の正門が「天安門」でその前の石畳の広場が、あの「天安門広場」である。

1989年6月4日に天安門広場民主化を求めて集結していた民衆のデモ隊に対し、軍隊が武力行使し、多数の死傷者を出したあの「天安門事件」の場所である。政治改革を求める学生を中心に約10万人の人々が天安門広場に集まり、抗議運動を起こし、それに対して中国共産党は人民軍による弾圧をし、デモ隊・兵士双方に多くの犠牲者を出した。

当時、大学生だった私は、テレビで天安門広場に集まった同世代の学生達に装甲車で突っ込んで行く人民軍の映像を見て、ショックを受けたのを覚えている。

天安門広場でその事件の事を思い出しながら、亡くなった人々に手を合わせた。

中国の歴史や建造物の凄さから、人々の底力を感じたが、泊まった外国人観光客が多く利用する国際ホテルの受付カウンター以外で働くスタッフの多くが、英語を話せず、ホテルマンとしてのプロ意識の低さに、台湾や香港とえらい違いだと驚いた。

今、中国と香港そして台湾もこれまでにないほどの緊張感を迎えている。

中国が香港・台湾を制圧する事を目指し、武力統一も辞さない動きが見られる。

前回のブログで「これから起こる大峠」に少し触れましたが、それは天変地異や疫病だけではなく、人間が起こす戦争も含まれており「中国の動き」が鍵となる。

中国が武力攻撃をした場合、おそらく北朝鮮やロシアなども動きを起こし、それに対して、韓国やアメリカも黙っていないでしょう。

そうなれは、確実に日本も巻き込まれてゆく。

コロナも中国がきっかけだが、今後の中国の動きに世界が注視している。最悪な事態に進展しない事を祈ります。

今年は最後まで暗い話題でしたが、この一年長い文章を読んでいただき、ありがとうございました!

そしてこの一年、私の個人セッション(カウンセリング)をお申し込み頂き、勇気を出して悩みや痛みを打ち明け、ご相談された方々が、その後とても前向きに進んでいる様子をFacebookなどで拝見し、私も勇気や活力をもらってます。ご縁に感謝します!来年もよろしくお願いします(^_^)

 

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『ジョン・レノン没後40年』

12月8日はジョン・レノンの命日でした。

あれから40年。あの時の事は忘れない。

中学生だった私は、姉がビートルズポール・マッカートニーのファンで、部屋でビートルズがいつも流れていたので、私もすっかりハマっていた。特にジョン・レノンの声が好きだった。

その頃は、ちょうど80年代に入った頃だったので、日本のアイドルの黄金時代で、ビートルズを好きだと言う同世代は少ないのだが、たまたま同じクラスに、私の様に姉や兄の影響でビートルズが好きな友達が4人いた。ファンクラブに入っている強者もいた。

40年前のあの日、そのうちの1人が教室に駆け込んで「ねぇ!ジョン・レノンが撃たれて亡くなったらしいよ!」と叫び、ファンクラブの子が、ショックで号泣し、つられて皆も泣いていると、担任の50代の女の先生が「あなた達もビートルズのファンなの?私もよ。そんなに好きなら、いい物を見せてあげるから、日曜日に私の家に遊びにいらっしゃい。」と誘ってくれた。

その先生の暮らす家は、銀座の歌舞伎座の隣りに建つビルの最上階で、先生はそのビルのオーナーで、そこが先生のご実家だった。

先生の家にビートルズファンの4人で遊びに行き、リビングに通されると、そこには、ジョン・レノンとその先生が一緒に写る写真が何枚も飾ってあり、ビートルズのレコードにジョンのサインがしてあり、ジョンが使ったコーヒーカップなどいろいろ飾ってあった。

「えー!先生どうして?!」驚く私達に、先生は、紅茶を入れながら話してくれた。

「ジョンはね、大の歌舞伎好きで、お忍びで日本に来た時は、夜の歌舞伎公演を見て、終わった後に必ず、歌舞伎座の隣りのこのビルの1階のカフェでコーヒーを飲んでゆっくり過ごして行ったの。カフェの店長が私の親しい友人で、私がビートルズの大ファンだと知っていたので、ジョンが来店した時は、電話をくれて、急いで1階に降りて『このビルのオーナーでビートルズファンです。』とご挨拶して、しばらくお話しさせていただいた。ジョンは『日本が好きで日本の文化にとても興味があり、特に歌舞伎は大好き。』と見終わった歌舞伎の話しをしてくれて、それ以来、来店するたびにご挨拶させていただいたのよ。」とジョン・レノンの貴重なエピソードを話してくれた。先生もジョンの死をとても悲しんでおり、写真に皆んなで手を合わせ、ご冥福を祈った。

それ以来、その担任の女の先生とは、ビートルズファンとして、いろんな話しをする様になった。

去年、徳島からカーフェリーで東京の実家に帰省した時、晴海埠頭にフェリーが着いて、車ごと下船して、しばらく走ると銀座の歌舞伎座が新しくビルになっていた。「あれから40年近く経つので、先生は90代…お元気だろうか?」と思いながら、信号待ちをしながらスマホで新しい歌舞伎座の写真を撮った。

中学の担任の先生に続いて、もう一人ジョン・レノンと直接交流した人から話しを聞いた事がある。

TBSの美術部でデザインの仕事をしていた時、隣りの席の先輩が、情報番組のプロデューサーから頼まれたと言って、子供の頃のアルバムを持って来ていた。見せてもらうと、ジョン・レノンが写っている写真がたくさんあった。

「何これ?!」と聞くと「オレ、ジョンと親戚なんだよー。正確に言うと奥さんのオノ・ヨーコと親戚。子供の頃、二人が来日すると、葉山の自宅でいつも遊んでもらっていたんだ。」

よく見ると、オノ・ヨーコもたくさん写っていた。ジョンとヨーコの間に子供の頃のその先輩が写っていたり、ジョンに肩車してもらっていたり!「すっ、すごすぎる…」と私が驚愕していると、「うち、安田財閥だからね」とさらっと言った。そんなお坊っちゃまがなんでテレビ局なんかで働いているんだ…と思いつつ、いろいろエピソードを聞いた。

「ジョンは、葉山と軽井沢をとても気に入っていて、来日すると、そのどちらかでヨーコと過ごしていたよ。僕は葉山の家に住んでいるから、いつも遊んでもらっていたんだ。」

当時もその先輩は、葉山の家から愛車のベンツで赤坂まで通勤していた。

オノ・ヨーコは、海外では「ジョン・レノンの未亡人で財を成した人」と見られがちだそうだが、安田大財閥の直系なので、ジョンの遺産をはるかにしのぐ、財産をすでに持っていたそうです。

ジョンは、ヨーコの現代アートの作品に惹かれて、彼女と知り合ったので、大財閥のお嬢様とか関係なく、素晴らしい音楽やアートを生み出すクリエイター同士、惹かれあい、結ばれ、お互い影響し合ったと聞き、その幸せそうな日常写真をたくさん見せてもらい、ジョン・レノンを少し身近に感じた。

その後私は、結婚を機に埼玉県に引っ越してから、埼玉県が主催する埼玉スーパーアリーナでのイベントのセットデザインを依頼され、埼玉県庁の方の案内で埼玉スーパーアリーナに下見に行くと、4階・5階にオノ・ヨーコ全面協力の「ジョン・レノンミュージアム」が併設されていて、特別に見せていただいた。

ジョン・レノンの使用していたギターや楽譜や衣装やメガネなどゆかりの品々が並べられ、ビートルズ時代の品々もあった。

シアターでは、ジョンの生涯の映像を視聴する事ができ、最後のスペースは、白一色の大空間で、その時は特別展示で、ジョンが名曲「イマジン」の歌詞が頭に浮かんだ時に、泊まっていたホテルの名前(ニューヨーク・ヒルトンホテル)が入ったメモ用紙に歌詞を走り書きしたものが、透明のケースに飾ってあり、それを見ていると、突然,白い壁に大きくモノクロのジョンが映し出され、イマジンを歌い始めた。私は、その空間の真ん中に置かれた一脚の透明の椅子に座った。歌っているジョンのアップの映像の下に日本語訳の歌詞が出た。その白い空間でたった一人のためにジョンがイマジンを歌ってくれるという演出だった。

涙が止まらなかった。

その、世界で唯一のジョン・レノンミュージアムも惜しまれつつ閉館したそうですが、10年間でのべ61万5000人が来場したそうです。でもなんで埼玉だったのだろう…?

その後、セラピーの先生からもジョンがアメリカでセラピーを受けた時のエピソードを聞いたり、引き寄せの法則なのか、ご縁があるのか、不思議と私は、ジョンに直接お会いした人から彼の人となりを聞く機会が多く、彼を身近に感じる機会が多かったように思います。

彼が、イマジンに込めた、本当の愛と平和のメッセージを一人一人に伝える様にと言われているのかな…なんて最近思うのです。

コロナ禍で世界中でジョンの「イマジン」が歌われた。日本では、永六輔さん作詞の名曲「上を向いて歩こう」が宮本亜門さんの呼びかけで歌われた。以前のブログにも書いたが、永六輔さんとも私はご縁があり、直接交流させて頂いた。この2曲の名曲は、人類が困難に立ち向かう時に必ず歌われる、人々の魂に響くメッセージ性の強い歌であり、大切な事を思い出させてくれる歌である…。

ジョンも受けたセラピーを学び、私も個人セッション(カウンセリング)を仕事としてやっています。

これまでのご相談は、体調や病気のご相談・薬草の知恵、この先の仕事の悩み、人間関係・家族との関係、いじめや虐待、霊的な話・先祖供養、隠された歴史の話などいろいろです。

夜にメールのやり取りで、対応しているので、遠方の方でも大丈夫です。ご相談を受けて、御信託を降ろします。

ご希望の方は「個人セッション希望」とご連絡下さい(^_^)

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『今、何をすべきか見極め動く』

ブログを始めて今日で2年目に入った。

昨年の11月末に「もう本当の事を皆に伝えてよい。厳しい事も皆に伝えなさい。皆が目を覚まして腹をくくる時が来た。」と御神託を受け取ったので、ブログを開設して伝え始めた。

Reiの話なので「Rei-waブログ」。

これまでの体験や気づいた事に加えて、御神託で受け取ったメッセージなど巫女体質でちょっと特殊な体験もしている私だが「もう伝えてもよい!」とGoサインが出たので、これからも徐々に伝えてゆきます。

読んで関心を示す人や更新を楽しみにしてくれる人もいれば、理解不能だと思う人や私の真意が伝わらず、その人らしい解釈で批判する人もいる。

でも皆さんは、一度は私やあわたまに興味を持ってくれて、ご縁が繋がった方々だから、完全に拒否されない限り、私は伝えてゆく。

受け取り方や反応は人それぞれ違ってOK!

世の中みんな同じ考えなわけがなく、どちらかに片寄っているのはバランスも悪い。

同じ出来事でも表側から見るのと、裏側から見るのでは、まるで違ったりする。

違う視点の考え方もあって良いのです(^_^)

私は、意見の相違ぐらいで人を否定したり、嫌いにはならない。

だって、同じ親から生まれて、同じ環境で育った兄姉弟妹でさえ、考え方が違ったりするでしょう?ましてや他人同士で、すべて同じ考えな訳がないのです。違っていてあたりまえ。

意見の違いよりも、その人間の本質が悪意あって人をだます様な人間性じゃなければ、こちらから拒絶する事はない。相手から離れてゆくのは、仕方ないですけどね。

本当にご縁のある人とは、また繋がる時が来るし、たとえ人との付き合いが終わってしまったとしても、その人との今世の関係の寿命を全うしたという事だと思います。悲しむ事はない。

しかし今思えば、ブログを始めるきっかけになった御神託の「皆が目を覚まして腹をくくる時が来た…」と言うメッセージを受け取った昨年の今頃、中国でコロナが発生して、じわじわと広がり始めていた。

年が明け、2020年になって瞬く間に広がり、世界が一変した。

あわたまの仲間の後藤田さんに、昨年から

「来年のオリンピックは、天変地異か何かの原因で、延期になると思う…」と話していたが、まさか疫病が世界中に広がって延期とまでは思ってなかった…。

しかし、人類の歴史を見れば、いつの時代も感染症や伝染病は発生しており、多くの犠牲を払いつつ、乗り越えてきている。

今に始まった事じゃないので、先人の経験を無駄にせず、そこから学ぶ事はあるはずである。

今、この世にいる人達は全員、先祖がそれを乗り越えてきた人達の子孫なのだから(^_^)

ちなみにコロナに関しては、インドの大学の研究で日本茶カテキンがコロナウィルスを無害化する確率が最も高かったと何ヶ月も前に伝えましたが、昨日も日本の奈良県立医科大学が「試験管内でウイルスが1分間日本茶に触れることで最大99%が感染力を失っており無害化した」と研究結果を発表しているので、日本茶を持ち歩いて、1口ずつこまめに飲むのも良いかもしれませんね。ウィルスは喉に付いて感染するので、日本茶をこまめに飲む事でウィルスを無害化して流し、胃液でとどめを刺す(^_^)v

今後、地球温暖化でますます、蚊が媒介する感染症などが増えるでしょう。日本でも蚊に刺されて、デンク熱やマラリアに感染する人が多く出て来る事態になる日が近いかもしれません。

今、コロナで仕事が制限されて、経済的困窮している人も多いし、今後の展開を悩んでる人も多いと思います。

私もそうです。地方の山奥の高齢化率の高い所で暮らし活動拠点にしているので、80代以上のご近所のお年寄り達に感染させない様に、ウィルスを集落に持ち込まない事に注意して過ごしました。自分達が良くても、後で地域のお年寄り達に迷惑をかける事になってしまうわけにはいかず、移住者としては肩身の狭い思いをする事になるので、今年は、人の行き来も制限して、農業体験イベントや自然塾もお休みしましたので、無農薬野菜や果物や薬草茶など、あわたまで育てた物を販売したり、手作り品を販売したりと、世の中同様、経済的にもギリギリです。今後、あわたまで計画していた事もまだしばらく進められず、方向性を考えている所です。

しかし、今後はこういう状況が、繰り返し起こってくる。とにかく、今後起こるであろう事を先読みして、それを想定した上で、今何をすべきか見極める事です。これまでと同じことをしていても乗り切れない時代が来る。

いつまでも給付金に頼ってもいられないのです。政府に不満をぶつけ続けても仕方ない事もある。

自力で新境地を切り開いて、展開する時です。

これから地球は「大峠」を迎えてゆく。その大峠を乗り越えた先に「弥勒の世」と皆がよく言う世が待っているのだけど、どれだけの人が、大峠と言われる、大きな困難を乗り越えてその弥勒の世を迎えられるのか…。

それぞれの意識と行動にかかっています。

とりあえず、今出来る事からやりましょう。

私が取り組んでいる、先人の知恵から学ぶ衣食住を伝える、あわたまのFacebookのページです。興味がある方はご覧ください。

https://www.facebook.com/awatama2017/

ちなみにあわたまのマークは「勾玉の鳥」。

鳥は阿波忌部の神・天日鷲命。尾には麻発祥の地・麻植の麻文様。羽は、フトマニと阿波の禊ぎの鳴門の渦潮を表しています。

私は、個人セッション(カウンセリング)も仕事としてやっています。夜にメールのやり取りで、対応しているので、遠方の方でも大丈夫です。

これまでのご相談は、体調や病気のご相談・薬草の知恵、この先の仕事の悩み、人間関係・家族との関係、いじめや虐待、霊的な話・先祖供養、隠された歴史の話などいろいろです。ご相談を受けて、御信託を降ろします。

ご希望の方は「個人セッション希望」とご連絡下さい(^_^)

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『真実は鏡の中にある』

アメリカ大統領選は大詰めを迎えているが、悪口をまくしたて、なりふり構わないあの姿は、とても見苦しい…。

自己保身が強く、自己中心的で破壊的な人間達に「核のボタン」を任せている現実に「地球は本当に大丈夫か…?」といつも思う。

そんなアメリカと、日本はいつまで「仲良しごっこ」をするのだろう…。

アメリカだけじゃない。世界中で自己中心的で独裁的なリーダーが増えている。

以前、ブログの「困難を極めた時のリーダーの資質」でも書きましたが、古代の神代文字の「カタカムナ文字」で書かれた古文書「カタカムナ文献」には「サヌキ・アワ」という言葉がたくさん出てきます。

サヌキとは男性の本性(陽エネルギー)を表し、目的に向かって突き進む力。現実化させる力。自己中心性。動物的な攻撃性。

アワとは女性の本性(陰エネルギー)を表し、生み出し育てる力。柔軟性があり、受容する力。植物的な環境適応性。

(現代の香川と徳島の県民の特性を表しているわけではありませんので、誤解なき様に。)

サヌキ性の人間は、積極的に目的に向かって突き進み、実現させるのでリーダー向きと思われるが、その反面、自己中心的で攻撃性も強いので、権力争いや戦争が起こりやすい。

政治だけではない。現代は競争社会・受験戦争・いじめや虐待と争いが多く、心が殺伐としており、サヌキ性に偏っている世の中である。

本来、日本人はアワ性が強く、優しさや思いやりのある国民性なのだが、軍国主義でサヌキ性が強まった時は、戦争でアジア諸国の人々を傷つけた事もあり、リーダーの資質が国民に大きく影響する。

その事は、今のアメリカを見たらよくわかる。

攻撃性の強いリーダーによって、国民が分断され、激しく争っている。ああなってしまうと、収集をつけるのが難しい。

世界は今こそ、失われたアワ性を取り戻し、バランスを取る時である。

アワ性を養うには、相手に対する「思いやりの心」を持つ事が大切で、相手を思って時には、厳しい言葉をなげかける事もあるが、それは攻撃(サヌキ性)からではなく、思いやり(アワ性)から伝える。

私は、本当の事を相手に伝える事が多いが、それは、本当に相手を心配して、厳しい事も伝えたりする。相手によって、その真意がちゃんと伝わる時と伝わらない時もある。

その事でたとえ相手が離れていったとしても、こちらから相手を切る事は今はしない。

時々、こちらの情報をお伝えしたり、連絡するようにしている。

それでも関係が途絶えたとしたら、それは仕方がない…その時は伝わらなくても「本当にご縁のある人ならまたきっと繋がる。」と思っていますし、実際そうなっています。

前回のブログ「弱さをさらけだせる強さ」で、私の子供の頃の経験をシェアしましたが、これは、セラピーの基本で、人間だれしも大なり小なり重しを背負って生きているので「他の人に比べたら、自分の悩みなんてたいした事ない…」などと、人と比較して内に秘めてしまわずに、自分の痛み・辛い出来事・悩みを人に打ち明ける事が「心にたまった鎮圧の解放」の第一歩になります。

そして、トラウマになっている出来事や人物にたいする鎮圧を時間をかけて解放してゆきます。感情をその相手や他の人に直接ぶつけるのではなく、自身の内から外に解放してゆきます。

時間をかけて、心の痛みを解放し、その出来事や人物を気持ちの中で受けとめられる事で、アワ性の「受容する力」が養われてきます。

先祖が影響している場合も多いので、供養が必要な時もあります。

個人セッションでそういう相談も受け、サポートしています。

前回、左利きについて書きましたが、人類の右利きと左利きの割合は9:1。右利きが大多数なのは、人間が言葉をしゃべることで左脳が発達したことにより右利きが増えていったと言われています。左利きが使う右脳は、直感力に優れ、感性と創造性の高い脳とされています。

古代、人間も動物の様にテレパシーで交信できた時代は、左利きが多かったのかもしれません。

芸術家には左利きが多いと言いますが、私は、高校・大学と美術や音楽など芸術系の学校に進学しましたが、美術科クラス50人のうち、3分の1が生まれつきの左利き(元・左利きも含め)で、左利き率の高さに驚きました。

皆、クリエイティブで感性豊かな人間だったので、群れる事よりもそれぞれの個を大切にし、自分の世界を持っていたので、とても居心地が良く、心が通じ合える人が多かった。

左利きあるあるで、私の様に強制されてとても苦労した人や、いじめられた人も何人かいたし、世の中が右利き様にすべて出来ているので、両手を使いこなす人も多く、しかし無意識でいると左手を使ってしまうので、例えば、自動改札で左手を使ってしまい、隣りの改札が開いたりする様な小さな失敗が日常で多々あり、生活の中で少しずつストレスが溜まって、左利きは寿命が短いとも言われている。

私は、小学1.2年生の時は、右手のみしか使わせてもらえず、とても苦労しましたが、3年生からは、担任の先生もクラスも変わったので、強制生活からは解放され、安心して右手も左手も使いこなせる様になりました。

でもその大変な1.2年生の時期に、私はとても重要な事に気づきました。

それは、『見えているこの世界は、全て左右が逆転している』という事実。

わかりやすく説明すると、2人以上いる時に、ぜひやってみてほしいのですが、お互いに向き合って立って、右手を上げてください。

目の前の人の右手はどちら側に見えますか?

答えは左側です。

実際は右手なのですが、向き合ってるから左側に見える。

つまり私たちが見ているものは、すべて向き合っているから、左右が逆転して見えているのです。

では、鏡の前に立って、右手をあげてみてください。鏡に映った自分の右手はどちらに見えますか?

答えは右側です。

鏡には、右手はちゃんと右側に映るのです。

つまり「鏡は真実を映し出す」のです。

日本の三種の神器の一つに「鏡」が入っているのは「真実を映し出す物」と言う理由ではないかと私は思っています。神社の御神鏡もしかり。

私は、幼い頃から小学1年生頃まで「鏡絵」を描いたり「鏡文字」を書いていました。

それは、左右を逆転した絵や文字のことです。

私は「実は、これが真実なのではないか…。」と思っていました。

先ほども説明した様に、私達が見ている全てのものは、向き合っているので、左右逆転して見えている。文字も私たちが見えているものが、正しい文字だと教え込まれ、信じているが、向き合ってみているのだから、左右が逆転しているはずである。

鏡は真実を映し出す。鏡に文字を映してみて下さい。どの様に見えますか?

答えは、左右が逆転した鏡文字です。

それが、真実の文字。

その事に私は幼少期に気づいていたのですが、「私が書いている文字や描いている絵が真実だと思う。」と大人たちにうまく説明ができませんでした。

はんこに彫られている文字は鏡文字なので、はんこ彫り職人さんは、毎日真実の文字を彫っているのですね。はんこの文化無くさないで欲しいと個人的には思います。

その真実に気づいていた、歴史上の人物がいました。

その人の名は「レオナルド・ダ・ヴィンチ」。

あの有名な『モナ・リザ』や『最後の晩餐』など数々の傑作絵画を残した偉大な芸術家であり、建築家でもあり、その他、音楽、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学など様々な分野に業績をのこした「万能の天才」と呼ばれる、おそらく人類の歴史で最高の天才といえる人物です。

彼は左利きで、絵画のサインは鏡文字で書いていましたし、膨大な手稿や論文を残しているのですが、その多くが鏡文字で書かれている。

映画『ダ・ヴィンチ・コード』はレオナルド・ダ・ヴィンチが作品を通じて暗号(コード)を残し、その隠された暗号を発見し、真実を解明すると言ったサスペンスミステリーですが、鏡文字は、暗号や秘密を隠すという意味もあったかもしれませんが、それよりも彼は、鏡文字こそ「真実の文字である」と気づいていて、使っていたと思います。

私が大学生くらいの時にテレビでCBSドキュメントという海外のドキュメント番組を見たら「世界中で左利きの子供達が、障害や知恵遅れと言われ、いじめられたり、親や周りの大人にも理解されず、心を閉ざしてしまったり、施設に入れられたりと不幸な幼少期を過ごしている事が多い。しかしそれは、右利きが大多数なために世の中が右利き用に出来ており、それに対応できずに幼少期に起こる一時的な脳の混乱であり、周りはそれを理解して、暖かく見守ってあげなくてはならない。

何故なら、そういう左利きの子供が、後に天才的な才能を発揮する事が多い。ナポレオン、ミケランジェロダ・ヴィンチモーツァルト、ベートーべン、ピカソ、バッハ、アインシュタインダーウィンニュートンエジソンチャップリンなど左利きの偉人は多く、彼らの多くが、幼少期に周りの大人から理解されずに、苦労したり、辛い体験をしている。それを乗り越えて、彼らの様に才能を発揮できた人は良いが、繊細な子供達の中には、精神的に追い込まれ、命を絶ってしまったり、心を閉ざしてしまい、不幸な事なっている。」

という内容のリポートで、それを見た時に、自分の幼少期を思い出して号泣した。

古代ギリシア文字や古代エジプトヒエログリフでは文字の進行方向や改行方向が右か左かに限定されておらず、文字や改行の進行方向に合わせて文字の向きも左右反転していた。

やはり古代は、人間も直感的・感覚的生き物で、五感が優れており、今より左手(右脳)もフルに使っており、左右のバランスが良かったのではないかと思います。

右利き(左脳)に偏っている現代は、やはりバランスを崩した世の中なのかもしれません。

よく「人間の脳は10%しか使っていない」と言われていますが、左利きの人が右も使う様になり、両利きになると右脳も左脳もバランス良く使うので、残りの90%から新たな潜在能力が開発される可能性がある。

右利きの人も意識的に左手を使ってみると身体のバランスも良くなり、潜在能力が発揮できるかもしれませんよ(^_^)

そして私達がこれまで正しいと教え込まれていることが、真実は真逆なのかもしれない…と疑ってみる事も必要ですね。

あなたの大切な人の普段見ている顔は、右目が左、左目が右と左右逆の顔を本当の顔だと思っていつも見ている。

ぜひ鏡に映ったその人の顔を見てください。

それが、その人の「真の顔」です。

真実は鏡の中にある…。

私は、個人セッション(カウンセリング)を仕事としてやっています。夜にメールのやり取りで、対応しているので、遠方の方でも大丈夫です。

これまでのご相談は、体調や病気のご相談・薬草の知恵、この先の仕事の悩み、人間関係・家族との関係、いじめや虐待、霊的な話・先祖供養、隠された歴史の話などいろいろです。ご相談を受けて、御信託を降ろします。

ご希望の方は、Facebookメッセンジャーに「個人セッション希望」とご連絡下さい(^_^)

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『弱さをさらけ出せる強さ』

政府の肝いりのGo To キャンペーンは、国民に国内旅行や飲食や買い物に積極的に行ってもらい、コロナの影響で売り上げが減少し、苦境に立たされている観光・運輸業や飲食店・商店などを支援するために、多くの税金を投入して補助する事で、消費を喚起する施策ですが、それに参加している企業やホテルや飲食店やキャンペーンを利用している人々には、ありがたいのかもしれない。

しかし、そのキャンペーンにすら参加できないほど、コロナで倒産寸前や潰れてしまった会社や飲食店や明日の暮らしもままならない人々や困窮してもう何日も食べる物も食べられない子供達や一人暮らしのお年寄りなどが増えていて、今この瞬間にも、この日本で餓死や孤独死をしている人達がいて、経済的にも精神的にも追い詰められて自ら命を断つ人達がいる。また、災害で今も避難所や仮設住宅で暮らしている人々も多くいる。

そういう人達は、全くカヤの外の中、少しでも自分が得をしようとあの手この手で補助を受けようとしたり、給付金詐欺をしたり、人間のあさましさが目につく。

災害や疫病など究極の状況になると、人間の本性がわかりやすく表れる。常に自分さえ良ければいいと思っている者は、わかりやすく自分の欲望を満たそうとするし、常に他者に配慮する者は、まず困っている者に手を差し伸べる。

政府も、困窮して死に直面している国民にまず

手を差し伸べてほしいものである。

税金は、ずる賢い人間や欲深い人間よりも、本当に弱っている人間のために使ってほしいと個人的には願う…。

今年はコロナ疲れやその影響で、また自殺率が上がっているそうです…。

芸能人の自死も相次いでますが、亡くなった方々は、皆の前で愚痴や悩みを口にする事なく、いつも明るく、仕事に取り組む姿勢も真面目だったので、周囲の人々は「その兆候に気づかなかった…」と驚いている。

周りに気遣い、自分の痛みや苦しみや不安などを内側に秘めてしまう人ほど、心のコップが一杯になった時、衝動的に死を選んでしまう…。もっと身近な人達に自分の弱さをさらけ出せていたら、違ったかもしれない…。

私の友人も優しく、才能溢れる人だったが、優しい人ほど、今の皆が自分の事しか考えない、自分さえ良ければいい世の中に心痛めており、傷つき、生きにくい世の中になっている。

先月、最終回だったTBSの「半沢直樹」で、半沢の妻・花のセリフ「生きていれば何とかなる。生きていればね…」が今の時期とても感慨深かった。

学校でいじめ・家庭で虐待・会社での人間関係などいろいろあって、生きているのが辛くなる事もある。でも生きてほしい…。

今、あなたの目の前の現実だけが、この世の全てではなく、もっと広い世界があり、まだまだ知らない事もたくさんあり、あなたは多くの可能性を秘めており、生きる事をあきらめなければ、また違う生き方ができる。居場所が無いのなら、自分で作ろう。自分の可能性を見つけてほしい。死ぬ以外の選択肢は必ずある。

「そんなポジティブには考えられない…」

と言うつらい状況の人も多くいるだろう。

でもこれは、きれいごとではなく、全て私のとてもつらく苦しかった体験から言っている。

以前のブログ「自分の痛みを知り、人の痛みを知る」でも書きましたが、ジョン・レノンがあるセラピーや個人セッションを受け、幼い頃に両親に捨てられ、叔母に育てられた過去の寂しさや悲しみや心の痛み、自分の心の深くと向き合い、自分を捨てた親に対する溜まっていた鎮圧を解放した時に「自分の内側に戦争はあった…」と泣き崩れ、本当の自分の痛みを知り、人の痛みを知った時に素直な気持ちで書いた曲が「Imagine(イマジン)」だった。彼がそのセラピーで子供の頃の辛い体験にふたをして来た事に真剣に向き合って、初めてあの名曲が生まれた。

痛みを知ったから表現できる事もあるのです。

自分の弱さを人にさらけ出せる事は、とても勇気のいる事だが、心に溜まった鎮圧やストレスを解放してあげる事が必要なのです。

このエピソードは、世の中ではあまり知られていない事です。ジョンが受けたアメリカのセラピストの先生から直接セラピーや個人セッションを受けた、音楽家でありセラピストの方から同じプログラムを私も20代の時に受け、お聞きしたのです。

私の心の痛みは、7才の時、小学校に入学したその日から始まりました。

担任の女の先生(とても年配の女性に見えましたが、おそらく50代)は、昭和初期の生まれで、戦争を経験して、昔ながらの考えの人で「皆んなが同じでなくてはいけない。足並みを乱す者は正さないといけない。」という強い信念を持っており、まず左ききの私に違和感を感じ、入学初日に皆んなの前で私の左手を強く掴み「今日から左手を使う事を許しません!」といきなり言われ、何を言われているのか理解できず、ただ恐怖で頭が真っ白になった。すぐに親が呼ばれ「学校の教材は右きき用に出来ているので、すぐに右ききに直す様に、家でも訓練してください!」と言われ、その日から暗黒の日々が始まった。

世界の人口のうち左ききは、約10%と少数派ではあり、日本では「左ぎっちょ」と差別視されてきた歴史がある。

その日から左手で文字を書く事も食べる事も絵を描く事も禁止されたが、習慣でどうしても左手を使ってしまう。先生は常に見張っており、私が左手を使った瞬間、左手をぶったり、つねって「また左手を使って!」と皆の前で怒られた。

今なら「虐待では?」と思われる行為だが、当時は問題にはならなかった。

私は、恐怖と極度の緊張で常に手汗をかくようになり、とても精神的に追い詰められていった。

先生は「左手から右手に持ち変えるだけ!」と簡単に言うが、想像してみて下さい「今日から利き手を使っていけない!」と言われて、その日から簡単に逆の手だけで生活できますか?

右ききの人が右手を骨折して、左手だけで生活しなくてはならなくなったら、どんなに不自由で苦労する事か、利き手を怪我した人なら経験はあると思います。

今なら「簡単におっしゃいますけど、先生はできるのですか?」と言えるが、まだ小学1年生の私は、つらくて毎日ただ泣き続けているだけでした。

右手をうまく使いこなさないと先生に怒られるので、その事に必死で集中するあまりに、授業が全く頭に入らず、テストもまともにできず、

給食も右手がうまく使えずに食べられない日々が続いたので、食べる事だけは左手を使う事を許された。なので今も食べるのは左手、書くのは右手です。

そもそも右手と左手では使う脳が逆なので、脳をバランス良く使うという意味では、両ききになった事で、結果的には良かったのですが、当時は、切り替えがつかず、脳が混乱を起こして、とても苦労しました。

先生に「あなたは、知恵おくれだから、教室の隅で他の事をやっていなさい。」と授業を受けさせてもらえない日々が続いた。

左ききがきっかけで差別され、人権も否定され、さらには教育を受ける権利まで奪われ、それがきっかけでクラスメイトからいじめられ、教室に私の居場所はなかった。

今なら問題教師とされるが、その後その先生は「教育熱心な教師」として当時の女性教師としては異例で「校長」に昇進しました。

多くの大人は、自分の理解出来ないものに「違和感」を感じ「異物」として「排除」しようとする。

私は、左ききの子供によくある症状で左右が逆転して見えたり、鏡文字・鏡絵を描いたり、さらに巫女体質で他には見えない存在と話していたので、先生にとっては「異物」でしかなかった。

先生から「右手を訓練する様に」と強く言われた母親は、私に習い事に通わせた。

母が私に紹介した先生は、琴・三味線・華道・茶道・書道を教える、白狐の様な顔をした女性の先生で、担任の先生と同じにおいを感じ、いやな予感がした。

我が家には先祖代々のお琴があり、右手の訓練として、その先生の元で琴と書道を学ぶ事になった。右手が上手く扱えずもたつき、演奏を中断するたびにその先生はイラつき、三味線のバチで右手の甲を叩いた。怖くて手汗をかき、琴の爪が汗で滑って何度もとんだ。先生は怒って「何でこんな事になるの!」と言いながら、琴爪を私の指にテープでグルグル巻きにした。

琴の音色を楽しむ余裕などなく、涙を浮かべながら、弾いていた。

小学1.2年の頃は、精神的に追い詰められ、胃が痛く、ストレスで下痢が続いた日々だった。

20代の時にセラピーを受け、そうやってインディゴチルドレンやクリスタルチルドレンと言われる超自然能力(テレパシーや神通力など通常を超えた能力・左ききに多い)を持つ繊細な子供達は、それを理解できない大人達によって、幼い頃に虐待を受けたり、心や身体を傷つけられ、精神的に追い詰められ、命を経ってしまったり、引きこもって心を閉ざしてしまい、不幸な結果になる事が多いそうです。

私の場合は、精神的に追い詰められると、私を守護してくれる存在からの声で「れい、れい。光の子、光の子。大丈夫、大丈夫。」などいつも励まされていたので、なんとか、耐えてこられた。

それ以後、私は、人の悪口や噂話をする人達とは群れず、誰かの顔色を伺いながら生きる事はせず、自分の直感を信じ自由に生きると決めた。セラピーで自分の心の痛みと向き合い、その先生達に対する溜まっていた心の鎮圧を時間をかけて解放していった。

大人は子供達に教える事で教わる事がたくさんあるはずです。自分の思い通りにならないからと言って、頭ごなしに叱りつけたり、虐待や暴力で言う事を聞かせても、ただ子供を追い込み、皆が不幸なだけで、何の解決にもならず、「負の連鎖」をうむだけです。

今の虐待をしている大人も子供の頃に虐待されていた事が多い…。その連鎖を断ち切る必要がある。セラピーやカウンセリングで、幼い頃からの心の痛みと向き合う事をおすすめします。

私は、幼い頃に辛く苦しい思いをしたけれど、今は、両手をほぼ50%ずつ用途に合わせて使いこなして、右脳も左脳も両方使っているので、身体のバランスが良く、最近は、日本の雅楽器のひとつとして琴をまた学びたいと思えるようになりました。

人間に必要な3つの大切なこと

・人と人のつながり(弱さを出せる関係性)

・人と自然のつながり(自分を解放できる場所)

・心と身体のつながり(心身のバランスを保つ)

そして誰もが皆、期間限定の命なのだから、死に急ぐ事はない。

今世与えられた期間を全うしよう(^_^)

私も個人セッション(カウンセリング)を仕事としてやっています。夜にメールのやり取りで、対応しているので、遠方の方でも大丈夫です。

これまでのご相談は、体調や病気のご相談・薬草の知恵、この先の仕事の悩み、人間関係・家族との関係、いじめや虐待、霊的な話・先祖供養、隠された歴史の話などいろいろです。ご相談を受けて、御信託を降ろします。

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『古代から守り継いできた日本の麻文化』

先月、日本一の生産量を誇る栃木県の大麻(おおあさ)農家の大森由久さんより、お電話とお手紙をいただきました。

日本麻振興会の会長である大森さんとは、私が関東にいる時から栃木県の大森さんのおお麻畑での縁農で、種まきから収穫して精麻になるまでを2年に渡って通って学ばせて頂きました。

私が暮らす徳島県吉野川市は、古代・阿波国麻植(おえ)という、阿波忌部の方々が、おお麻を栽培して、神事に使い、おお麻布を織り、おお麻紙(和紙の原点)を漉き、日本全国に伝えていった原点の場所で、数年前、その吉野川市が「麻植の麻を産業として復活させる事業」に力を入れるという事で、栃木県の大森さんの麻畑に吉野川市役所の方々をご案内して、お互いを繋げるお役目をさせて頂きました。

私も吉野川市が麻産業を復活させるのであれば、衣食住でのおお麻製品の開発をして行こうと試作品をいろいろ作っており、7年前の2013年にその徳島県吉野川市で大森さんの日本麻振興会主催の「日本麻フェスティバル」が開催された時や栃木県の鹿沼兵庫県の伊丹で開催された時も、あわたまブースで「おお麻の服」や麻植の土で焼いた「麻文様の陶器」や「麻の実入りのゆず味噌」や「麻の実・麻炭入りの発芽玄米餅」などのあわたま製品を販売させて頂いたり、兵庫県の麻フェス後、徳島県に大森さんをお連れし、吉野川市主催の「麻文化について」の講演会でお話し頂いたりと、いろいろお世話になりました。

しかし残念な事に、個人的快楽のために違法行為をする若者達の相次ぐ逮捕によって、吉野川市が力を入れていた「産業としての麻復活」は、断念せざるを得なくなった経緯があり、麻植の麻復活に期待して動いていただけに、本当にがっかりした事もありました。

また昨年の令和の天皇の麁服も大森さんが足しげく徳島の吉野川市に通い、阿波忌部の方々にご協力して頂き、無事に天皇の麁服調進する事が出来ました。その際、何度か私の家やあわたま山にも遊びに来てくださりました。

神社の注連縄・鈴緒・御幣や大相撲の横綱天皇の麁服など日本の神事や麻の産業には大森さんが丹精込めて育てた精麻や栽培技術が欠かさず、日本にとって本当に重要な方で、とても尊敬しております。

その大森さんからのご連絡は、この令和2年の9月にこれまでの日本麻振興会を法人化して、活動をより充実したものとする為に「一般社団法人・日本麻振興会」を設立し、新たに会員を募集し、これまでの会員の方も改めて入会手続きをする事になりますので、ご入会希望者のとりまとめ代表者の一人として皆さんに呼びかけてほしいとの事でした。

一般社団法人・日本麻振興会は、日本人の生活における麻文化や神事など伝統文化やその技術の継承と麻に関わる情報交換やイベントの開催などを目的とした法人で、あくまで、古代から守り継いできた日本の麻文化や麻産業が今とても厳しい状況にある事を踏まえて「日本の麻」について、一人でも多くの日本人へ認知を広げ、麻の素晴らしさと希少性を一人でも多くの人に知って頂くための活動なので「大麻解放」の立場はとっておりません。

会の規約では「大麻取締法違反者は除名」とうたっており、個人的快楽を求める若者達の自分の事しか考えない違法行為は認めてはいません。日本の衣食住の麻文化とマリファナの欧米文化を一緒にしてもらったら困る。逮捕者が出るたびに、日本の伝統的な麻産業や麻農業に大きな悪影響があり、危機的状況にある。

天皇の神事にしろ、神社の神事にしろ、相撲の神事にしろ、日本の神事はすべて、大麻(おおあさ)が必要であり、石油化学製品やビニールが世界的に見直されている今だからこそ、原点回帰して、生活における麻製品が見直されて日本で復活していかなくてはならない大切な時期なので、個人の快楽で逮捕されて、大森さんの様な麻産業を支えている人達の足を引っ張る様な軽はずみな行動は控えて頂きたいし、その様な人は今回の法人では会員にはなれません。

原点の地である阿波の国(徳島県)の一の宮大麻比古神社(おおあさひこ神社)で、そこの地名は、大麻町(おおあさ町)であり、そこの裏山は大麻山(おおあさ山)であり、日本では大麻と書いて「おおあさ」と呼んでいました。

日本古来の大麻(おおあさ・英名ヘンプ)と苧麻(からむし・英名ラミー)は、明治時代に日本に入ってきた「亜麻(あま・英名リネン)・黄麻(こうま・英名ジュート)」などと区別するために大麻(おおあさ)を「たいま」・苧麻(からむし)を「ちょま」と呼ぶ様になりました。「あま・こうま・たいま・ちょま」と呼び名を揃えたのです。しかし、アサ科アサ属は大麻だけで、亜麻はアマ科、黄麻はアオイ科、苧麻はイラクサ科で、実際は麻ではありません。風合いが麻に似ているという事で、日本では、すべて「麻」と表示されていますが、古代から栽培されてきた日本の伝統の麻は大麻(おお麻)です。

『継承して後世に伝える大切な事』でも書きましたが、昭和の終戦GHQにより大麻取締法ができ、発祥の地である阿波(徳島県)も天皇即位の時の大麻畑しか栽培を認められず、技術の継承がとても難しくなりました。

大麻取締法という法律で日本の伝統的な麻を封じ込めて、日本人の精神性を断つ事が目的の人間達の思う壷にならない様に、日本全体・地球全体の事を考えて、行動できる様な視野の広い人になってほしいと若者達に伝えたい。

写真は、左上が今年の2月に「阿波を学ぶ・特別講演会」もう一度聞きたい大麻(おおあさ)の話と題した講演会が吉野川市忌部神社そばで開催され、お話し頂いている大森さんです。コロナが心配され始めた頃で、観客は少なかったのですが、とてもいいお話しでした。

講演の最後の大森さんの言葉で印象的だったのは、「手仕事は感性が育てる。」でした。

大森さんは常に日本の未来の事を考えて「自分の代で終わらせるわけにいかない」という意識で、若い後継者達を育てています。

今、日本の麻文化が継承されなければ、日本の精神性は絶たれて、日本の力は衰退してゆくでしょう。そうしたら、日本に未来はない。

感性豊かな若い世代の継承者が育ってゆく事を願ってます。

写真右下は、昨年の令和天皇即位の大嘗祭に調進するための阿波麻植で育てた天皇大麻の抜麻式の様子です。

阿波忌部も伝統技術を継承してゆく事に力を入れ、若い後継者を育ててゆく体制を作る準備をしています。

右上は、大麻(ヘンプ)100%の布に私が型を抜きした麻文様を阿波の発酵藍「すくも」で型染めした物です。大麻布の服を阿波の発酵藍で染めた組み合わせが「着る薬」と言うぐらい、人間の免疫力や治癒力を高めるので、インナーを作ったり、左下は、麻文様の陶板をあわたま山の工房で作っています。麻文様は、古来より魔除け・厄除けの縁起の良い文様で、六角形はハニカム構造としてミツバチの巣や様々な結晶など自然界で多く見られるバランスのとれた形で、調和や安定を表し、中央に良いエネルギーを集めます。麻文様の陶板やペンダントを厄除けのお守りとして、あわたまで作っております。

先人の知恵から学んだ衣・食・住をあわたまで実践しています。

ぜひ、日本の麻文化・麻農業・技術の継承や阿波忌部の歴史や麻のものづくりなどに関心のある方は、一般社団法人・日本麻振興会にご入会(入会金・年会費は無料です)頂ければ、麻に関する情報やイベントなどの開催をお知らせいたします。希望される方は、奧野までご連絡下さい。

また、法人の運営はご寄付で活動をして参りますので、今後の日本の麻の振興活動と継承して後世に残すための資金として、一口5千円からの寄付金も募集しております。お力添え頂ける方は、ご案内を送らせて頂きますので、ご連絡よろしくお願いします(^_^)

 

それから私は、個人セッション(カウンセリング)を仕事としてやっています。お悩みやご相談がある方は、ご連絡頂ければ、夜にメールのやり取りで、対応いたしますので、遠方の方でも大丈夫です。

これまでのご相談は、体調や病気のご相談・薬草の知恵、この先の仕事の悩み、人間関係・家族との関係、いじめや虐待、霊的な話・先祖供養、隠された歴史の話などいろいろです。ご相談を受けて、御信託を降ろします。

ご希望の方は、Facebookメッセンジャーに「個人セッション希望」とご連絡下さい(^_^)

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