『北の国から』

昭和の印象深いドラマをあげろと言われたら、『北の国から』と『おしん』と答える人は多いだろう。

その『北の国から』の主演俳優の田中邦衛さんと『おしん』の脚本家の橋田壽賀子さんの訃報が続いた…。

田中邦衛さんは88歳との事で、父とほぼ同世代だったので、邦衛さん演じる、北の国からの黒板五郎を父親的な感じで見ていた。

あのドラマを当時中学生だった私は、東京の実家で見ていて「早く東京を脱出して、自然の中で暮らしたい。」という思いをつのらせた。

それほど、北海道の雄大な自然は魅力的であり、黒板五郎の生き方にとても惹かれた。

虫の知らせか、3月頃から「黒板五郎の流儀」という本を本棚から引っ張り出して、時々眺めていた。

その本は、主人公・黒板五郎が純と蛍を連れて故郷の北海道富良野に戻って、ボロボロの生家を修復し、沢の水を引き、風力発電を造り、その後の丸太の家や石積みの家や風呂、最後に建てた廃材で造った家など、ドラマのセットとして、実際に富良野の地に建てられた数々の家の図面やその造り方を写真と共に詳しく解説されており、お金をかけずに自然にあるものや人間達が捨てるものを無駄にせず活用して、自力で家を造り続ける黒板五郎の流儀をまとめたとても楽しい本である。

私もいずれ、自然にある素材や廃材を集めて、眺めの良い場所に自分で家を建てたいと思っているので、時々この本を引っ張り出しては眺めている。(以前、自分の薬草カフェの内装は、そうやって自分で作った事はあるが…。)

北の国から』というドラマは、東京のガソリンスタンドで働く主人公の黒板五郎が、美容師をする妻に不倫という形で裏切られ、心傷つき、妻も東京も何もかもが嫌になった五郎が、幼い純と螢を連れ、故郷の北海道・富良野に戻り暮らし始める所から始まる。きっと五郎の様に地方から東京に出て来て、いろいろあって心傷つき、夢やぶれて、東京を去り故郷に帰る人は、毎年たくさんいるだろう。

私が高校生の時、こんな事があった。

ある年の年末、東京の下町・江東区門前仲町で一人暮らしをしていた姉の家を訪ねた帰りの事である。地下鉄門前仲町駅の地下道を歩いていた時に黒い長財布が落ちており、拾うとずっしり重く、すぐに駅近くの交番に届けた。

お巡りさんが、財布の中身を確認すると、現金が20万円以上、銀行のカードやクレジットカードが何枚も入っており「これを落とした人は、今頃困っているだろうな…。」と思っていると、持ち主の身分証明書も入っていたので、お巡りさんが「先方に連絡を取ってみますので、あなたのご連絡先も教えてください。」と言われ、当時は携帯電話がない時代だったので、自宅の電話番号をお伝えして帰りました。

その夜、自宅にお巡りさんからご連絡があり「持ち主が見つかり、無事にお渡しできました。お礼の電話が入ると思います。」との事で「良かった…」と喜んでいるとしばらくして、財布の持ち主の人から連絡が入った。電話に出ると、男の人の声で「玲さんですか?財布を拾ってくれてありがとございます!あなたの様な親切な人が東京にもいるのですね…。」といきなり号泣し始めた。聞けば、その人は、北海道出身で、大学卒業後、東京の企業に就職し、数年働いたのだが、東京に来てから仕事も生活も辛い事が続き、人間関係もうまくいかず、心身ともに傷つき疲れ果て、会社に辞表を出し、この年末に荷物をまとめて故郷の北海道に帰郷する予定で、その引っ越し費用と飛行機代を銀行で降ろした矢先にその財布を落としてしまったそうで「東京で財布を落としたら、おそらく現金は絶対戻ってこない…。僕は、最後の最後までついていない…本当に東京は肌に合わない場所だったと自宅で落胆していた所に警察から電話があり、あなたが財布を交番に届けてくれたと知り、本当に嬉しくて。東京にも、あなたの様に心のキレイな人はいるのですね。本当にありがとうございます。最後に良い思い出と共に北海道に帰れます。」と言われ「東京でこの人にいったい何があったのだろう…?」と思いながらも都民として東京の名誉挽回が少しできて良かったと思った。

年が明けて、財布のお礼で北海道から新巻鮭一本と海産物が届いた。よほど嬉しかったのか、夏には、北海道でとれた野菜が送られてきた。

あの時の人は、北海道で元気に暮らしているだろうか…?今でも時々思い出す。おそらく今は還暦ぐらいになっているだろう。

北の国から』の五郎さんもこんな風に東京で傷つき、故郷の北海道に帰って行ったのかな…と思った出来事だった。

あのドラマは、不倫や夜逃げやリアルな人間模様を描きながらも、物質社会から自由になり、電気も水道も何もない状態から、暮らしを作り上げていき、厳しい自然と向き合いながら生きる生き様を父親が子供達に見せてゆく。

そんな父をみっともなく感じる息子と父を支える娘。大きくなるにつれ、次第に考え方が変わってくる子供の人間的な成長も描いており、年をとっても相変わらず、自力で家を作り続け、不自由な暮らしをし続ける黒板五郎の流儀に、私はとても感銘を受け、大きな影響も受けた。

大学生の時、青函トンネル開通に伴い、青函連絡船がなくなるとの事で、美術学科の友人8人で、冬の北海道を旅しようと、石川さゆりの「津軽海峡冬景色」の歌詞の通り、上野発の夜行列車に乗り、雪の青森駅に着き、廃止寸前の青函連絡船に乗り、津軽海峡冬景色を眺めながら、北海道・函館に渡った。ちょうど、国鉄が、JRに民営化したばかりで、JRの北海道周遊券という切符で、自由に乗り降りしながら、冬の北海道を巡った。その時、知り合って皆で泊めて頂き、いろいろご馳走になった旭川のKさん一家には、その後何度もお世話になり、今でも親戚の様にお付き合いしている。

その後も北海道を一人旅したくて、車の免許を取り、東京ドームで中古車ジャンボフェアーやっていたので、見に行って車を買い、その車に食料と毛布などを積み込み、北海道を一ヶ月以上、一人旅した。

雄大な自然を走っている時「あー!何て自由なんだろう!東京であくせく暮らしているのが、嘘の様なこの解放感!」と思いながら、釧路湿原を走り、網走を通って、知床半島まで走った。まだ世界自然遺産になる前で、知床を開拓したアイヌの酋長さんの家にお世話になり、バイトもさせていただいた。そこで、夫になる奧野と出会った。オホーツク海に向かって、堤防に座ってギターを弾きながら、歌っている変な人だった。彼がリスペクトしているインディーズのミュージシャンが、なんと私の友人だった事もあり、すぐに意気投合した。そんな人生を変える出会いも北海道であった。

大雪山系や層雲峡を走りぬけ、北の国からの舞台である富良野や美瑛の美しい風景も満喫した。一人旅の最後に嵐になり、暴風雨の中、車を運転するのがしんどく、車中泊も続いたので、札幌にたどり着いて宿を探したが、当時は女性の一人旅は、傷心旅行が多く、自殺する可能性もあり、どんなに「そうゆう旅ではない」と説明してもなかなか泊めてくれる所が見つからなかった。

困り果て、車で走っていると、大雨の中、ポツンとラブホテルのネオンが見えた。どうしても、ゆっくりとお風呂に入って、ベッドでぐっすり眠りたかった私は、一か八か受付のおばちゃんにこれまでの事情を話し、一人だけど泊めていただけないか頼むと「一番小さい部屋が空いているから貸してあげるよ」と言ってくれて、おばちゃんのおかげで、ゆっくり身体を休める事が出来た。そんな事も今や楽しかった思い出です。

その後も北海道に通い続け、北海道で出会った夫と結婚して、新婚旅行も寝台列車北斗星で北海道に行って、出会った知床で流氷を見て、二人で北海道移住を計画していましたが「埼玉の山奥に移住しなさい」と御神託が降りて来て、数年の埼玉移住のつもりが、ターニングポイントを迎えるたびに北海道移住を考えると「お前はまだここでやる事がある…」と次にやらなくてはならない事の御神託が来る、そんな事が三度続き、気がつけば、20年が経ち、その間に夫も亡くなり、一人で北海道に移住するか考えていたら、徳島の阿波忌部に関するメッセージがたくさん来て、ついに徳島の阿波麻植からお迎えの人達が埼玉まで来て、徳島に通う事になり、御神託で移住する事になった。結局、長きに渡る北海道移住計画は、実現しませんでした。

知床のアイヌの酋長さんの家も今だ付き合いがあり、羅臼昆布や海産物を送っていただいたり、数年前は、酋長の民芸品店をリフォームしてほしいと言われ、徳島から埼玉のもう一軒の家に行き、車に電動工具や無垢材を詰め込み、10代の頃から私を手伝ってくれていた20代半ばの開くんをアシスタントとして連れ、北海道の旭川のKさん一家宅に一泊泊まりつつ、知床まで車で行き、持っていった無垢材と現地で調達した材木とオホーツク海の流木をたくさん使って、二週間ほどかけて、黒板五郎ばりに民芸品店をリフォームした。そして『ここは知床を開拓したアイヌの酋長の家です』という手書きの看板を日本語と英語で書いて、取り付けて来た。

知床から徳島に戻って、テレビをつけたら、いきなり私が書いた看板がアップで映っており、驚いた!朝の情報番組の知床からの中継で私がリフォームしたばかりの民芸品店が紹介されていた。アイヌの酋長さんの家なので、アイヌ文様の布とアイヌの木彫りを入り口に取り入れたデザインにして、外と内にアイヌ製品のコーナーを流木で作り、かなり前面にアイヌ色を出した事が良かったようだ。さすが、世界自然遺産。取り上げられるのが早い!貢献できて良かったと徳島で一人喜びました。

北の国から』のドラマでは、黒板五郎の一家は、四国・徳島の蜂須賀藩の家臣・稲田家の末裔で、先祖が北海道静内へ移住してきて、その後に富良野に移り住み、五郎は富良野で生まれ育ったという設定だと最近知り、驚いた。

あわたま山の山主・後藤田さんの知人が徳島の稲田家の古民家を数年前に解体を任され、とても立派なお屋敷だった話しを聞いていたからだった。

北の国からの黒板五郎のルーツは徳島だった。なんだか繋がってうれしい。

そういえば、私が19の頃から親戚付き合いをしている北海道旭川のKさんも先祖が四国・愛媛から北海道に移住したと言っていた。江戸末期から明治にかけて、開拓民として蝦夷地(北海道)に移り住んだ人は多く、四国からもたくさんの人達が移住している。

私はアイヌの先住民のお話しも聞いているので、そこには悲しく、痛ましい歴史もある。

その事は、いずれまたブログで書く事にします。

私に大きな影響を与えてくれたドラマ『北の国から』の主人公・黒板五郎を演じた田中邦衛さん!

黒板五郎という人が本当に富良野に暮らしているのではないかと思ってしまうほどの名演技でした。

ありがとう!お疲れ様でした(^_^)

 

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『高感度センサー』

ここ1週間、ひどく体調が悪い。

でも、今回は地震電磁波をキャッチしているのではないかもしれません。

地震電磁波だと通常110/65くらいの血圧が92/44くらいまで下がるのだが、今回は156/84まで上がり、脳の血管が何度も破裂しそうになった。そして1週間くらい前から水ものみにくくなるほど甲状腺が腫れ上がり痛い。
これは、太陽フレア放射線が地球に降り注いだり、核実験や原発事故など放射能が地球に撒き散らかされ、強い放射線を浴びた時に起こる体調である。

2011年の原発事故の時にも、水を飲めなくなるほど甲状腺が腫れ、血圧が上がり鼻血が出た。
2017年に太陽の表面で起こる爆発現象の太陽フレアで強力な宇宙放射線が地球に降り注いだ時も同じ様な体調になった。
だから1週間前から放射線が放出される何かが起きていたのかもしれない。宇宙放射線なのか人為的な核実験や事故なのか…1週間前、ちょうど黄砂が日本を襲った時ぐらいから甲状腺が腫れたので、その時に大陸から放射性物質が風向きで運ばれて来たか、宇宙から放射線が降り注いだか…。
私の身体は、高感度センサーを搭載した精密機器みたいなものなので、地球で起こる異変をキャッチする。

前回のブログ『地震予知』で「人間の感覚的な能力」は、五感(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)をフルに使い、さらに第六感(シックスセンス)という五感以外の感知能力(危険などを察知したり、地磁気や電磁波などを感知する能力など)を使って予知する事を言い、第六感は、超能力でもオカルトでもなく、動物や人間にもともと備わっているはずの感覚だとお伝えしました。

そして巫女体質の私は、幼少期から大きな地震の前に体調を崩し、自分の身体に何が起きているのか、不思議に思っていたが、先ほども言った様に血圧を測ってみてわかった事は、私の通常の血圧は110/65ぐらいだが、地震前に大地から強力自然電磁波が発生すると、血圧が急激に下がる。その結果、異常な眠気・身体の倦怠感・首や肩のこり・頭痛・めまいなどの症状が起こる。

その逆で、強い放射線を浴びた後は血圧が急激に上がり、甲状腺が腫れ上がって水を飲むのも痛い。頭が割れんばかりに痛くなり、脳の血管が時々、バクンと破裂しそうになる。

今回、あまりにそれが酷かったので、血栓動脈瘤が出来ているのではないかと病院で調べたが、血管はとてもきれいで何の異常もなく、くも膜下出血脳梗塞の心配はないとの事だった。

余計な電磁波と放射線を浴びてしまい、やはり病院の検査は苦手だ…しかし、私のもともとの体調が原因ではない事がわかった。

やはり、1週間前に強力な放射線が日本に降り注ぐ、何かがあったのだ。

2021年から太陽活動が活発になり、22年〜23年にピークを迎えると言う。強力な宇宙放射線が地球に降り注ぎ、オーロラの活動が活発になる。オーロラは太陽から地球へと運ばれてきたプラズマ粒子によって起こる発光現象で、見た目には美しいが、有害な宇宙放射線が地球に降り注いでいる事を表している。

私の身体はもつだろか…。敏感で繊細な感覚を持つ人には、これからの3年間はしんどい時期になるだろう…。しかしそれは、無症状で多くの人が被爆しているという意味でもある。私の様に症状が出て異変をキャッチ出来れば、すぐに対処する事ができるが、知らないうちに電磁波や放射線を浴び続けていたら、気づいた時には、手遅れになってしまう。そうならないために、キャッチした事をお伝えする様にしている。

電磁波や放射線は、人間をはじめ生物の身体にとても悪影響がある。

しかし、現代は世界各地に強力な電磁波発生装置が設置され、放出されている。それは、地震を発生させたり、天気を操作する事も出来るという。今回のコロナ菌も人為的に作られた菌で5Gなどの強力電磁波によって体内で活性化され、人間を操る装置なのではとの話しもあるぐらいだ。

人間が神の領域を犯し、人為的に自然界を操作し始めたら、今にきっとその報いが来る。

実は、古代人はその事を先読みして予知し、未来の子孫たちを守るための仕組みを仕掛けて残している。その事は今は話せないので、時が来たらお伝えする。

東京や大阪など地下鉄や鉄道網が張り巡らされている所は、強力電磁波が渦巻いている。人口密度が高く、その多くがネットや5Gの携帯などを使うなどますます電磁波の渦は強くなり、脳を破壊する。

もともとそんな環境が身体にキツく、私は東京を離れたのだが、もう東京の実家には近寄れないかもしれない。

親には「東京を離れた方がいい」といくら伝えても「もう歳だからいいのだよ」と言う。

歳だから、都会を離れて自然の中でゆっくりしたらよいと思うのだが、親にはもうその気はなく、この4月から生涯を終えるまで生活するための「終の棲家」として、三階建ての一階を弟の整骨院にし、弟家族との二世帯住宅を完成させ、暮らし始めた。

残念ながら親は東京に留まる様だが、五感や第六感の感覚が鋭く、敏感で繊細な人ほど今後、脳を破壊され、体調を保つ事が出来なくなるので、東京や大阪の様に地下鉄など鉄道網が張り巡らされ、電磁波の渦巻く地域をなるべく離れ、自然の中に身を置く事をおすすめします。

[追記]

情報が入ってきたので追記します。

やはり、黄砂に放射性物質が混ざっていたようですね。私は4月の初めに身体がキャッチしましたが…風に乗って日本中に撒き散らされたのかもしれませんね…。

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『地震予知』

東日本大震災から10年経ちましたね…。

2011年は、地震津波原発事故と同時多発に起こり、この世の終わりかと思う出来事で、日本にとって最もショックな年でした…。

私もあの年は、震災直後に岩手・宮城の各地域に関東から物資を届けて周り、福島原発から20キロ圏内の地域から関東に避難されて来ている方々にも生活物資を配ったりして、そのあまりの辛い現実を見聞きして、普通に生活する事が出来なかった…。

下の図の様に、地震前のプレートの摩擦やズレや、火山活動のマグマの動きで地中から強力な自然界の電磁波が発生する。「自然界の…」とあえて書いたのは、最近は強力な人工電磁波が発射され飛び交っているからである。

地震前の強力な自然電磁波は、生物圏に伝わり大きな影響を与えて、大気層に伝わり大気の発光現象(夜空が明るく発光・山が発光するなど)や、上空に伝わり上空の気象現象(地震雲・朝焼けや夕焼けの異常など)地震前の諸現象として現れる。

私は、その事を子供の頃から体感でキャッチし、自然界の異変に気付いていた。

海洋生物や動物は自然界の異変を察知する能力がするどいので、地震が来るのをかなり前に察知します。

例えば、クジラやイルカが集団で座礁している事が時々ありますが、その原因のひとつとして、強力地震電磁波による方向感覚の乱れもあるかと考えられます。クジラやイルカには自らが出す音波の反響を受け止め、周りの物体との距離や位置を把握するエコーロケーションという能力があるので、その感覚に狂いが生じ、方向感覚を失う。船や潜水艦からでる電磁波や音波もあるので、自然界の電磁波だけが原因とは言い切れませんが。

また、スマトラ沖地震の1時間前に野生のゾウ達は、集団で高台に避難を始め、地震津波で被災して死ぬ事はなかったという。ゾウは地震前の地鳴りの重低音を振動でキャッチし、骨伝導で脳に伝える。遠くにいる仲間同士でも、テレパシーで危険を伝え合う事ができる。

私も身体に伝わる振動や地鳴りをキャッチし、地震前の歪みによって地中から出る地震電磁波も身体がキャッチする。幼少期からその感覚は鋭く、地震を言い当てて来ているので、周りは驚いて「おまえの感覚的な能力は動物に近い」と言われてました。

それに加えて、神官の家系のせいか、私は霊媒的な感覚もある巫女体質だったので、何かを感じたり、見えたり、聞こえたりした事を口にすると「頭がおかしいと思われるから、そういう事を口にしてはいけない!」と言われ、幼少期から親や先生など周りの大人達から理解されず、異物扱いされて来ました。

以前、国の地震予知関係組織のトップの地震学者とお話ししたが「動物や人間が地震を察知する事などありえない。そんなのは、オカルトだ!」と言っており、話にならなかった。

「人間の感覚的な能力」とは、五感(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)をフルに使い、さらに第六感(シックスセンス)という五感以外の感知能力(危険などを察知したり、地磁気や電磁波などを感知する能力など)を使って予知する事を言い、第六感は、超能力でもオカルトでもなく、動物や人間にもともと備わっているはずの感覚なのですが、現代はそれが衰えている人が多い。

幼少期から大きな地震の前に体調を崩し、自分の身体に何が起きているのか、不思議に思っていたが、血圧を測ってみてわかった事は、私の通常の血圧は110/65ぐらいだが、大きな地震前に測ると92/44まで下がっていた。地震前に強力電磁波が発生すると、血圧が異常に低くくなる。その結果、異常な眠気・身体の倦怠感・首や肩のこり・頭痛・めまいなどの症状が起こる。同じような体調になる人は、実は結構いると思う。最近気づいたのだか、うちの両親も地震前にそうなっていた。しかし、その体調が地震電磁波によるものだと本人が気づいていないので、スルーしてしまっている。

もっと意識的になると、自分の体調の異変と同時に自然界の異変にも気づく様になり、大きな地震が日本のどこかに来る事がわかり、備える事が出来る。

阪神淡路大震災・東日本大地震・新潟・能登・熊本など各地の震災の時も、私は、1ヶ月近く前から強力な地震電磁波を身体がキャッチしていた。にもかかわらず、場所の特定もできず、震災が起きて多くの人が被災し、事前に何も出来なかった自分がもどかしく、悔しかった。

なので、今は胡散くさいと思われようが、かまわないので、身体が地震電磁波をキャッチした時は、Facebookなどで「念のため備えてほしい」とお伝えする様にしている。

そうする事で、事前に準備出来る事はたくさんある。

これまでの震災では、家具の下敷きになって逃げられなかった人もたくさんいるので、家具の固定は大事。

津波や土砂崩れなどを想定した避難ルートの確認。事前に家族と集合する避難場所を決めておく。

避難用品を点検・補充してリュックに詰めておく。

夜に地震が起きた時の避難で、割れたガラスなどで足を負傷しない様にベッドの下などにスニーカーなど逃げやすい靴を備えておく。

停電や断水が起こる事も想定して水や懐中電灯やランタンなどの準備。

保存食の点検・補充などなど。備えて置く事は、自分や家族の身を守る。

今年に入ってからも2月の福島沖の震度6、

3月の和歌山・宮城の震度5、北海道・岩手・茨城・栃木・伊豆諸島・熊本などの震度4など、日本の各地で大きく揺れている。

また、昨年から神奈川県で異臭騒ぎが続いていますが、大正時代の関東大震災の記録では、地震の1年くらい前から、神奈川県の横浜あたりで異臭がずっとしたと書かれています。地震の前兆現象で地殻変動が起こる際に地中の天然ガスや摩擦による異臭が起こります。
東日本大震災の前後も震源あたりの仙台で、ガス臭かったり、ドブ臭かったり異臭がしていた。直後に私も物資を届けに行って、仙台でドブ臭いような異臭を体感しました。

また最近のニュースで、2月15日伊豆諸島・三宅島の海岸に大量のイワシが約600mにわたって打ち上げられているのが発見された。

今年になってから、海面に浮きあがるイワシの死骸を見かける頻度も増えており、立て続けに起こった魚の異変は、大地震の前触れなのではないかと話す島民も多い。

昨年、千葉県でも同じような異常現象が起こっている。11月11日、九十九里浜で約40kmにわたってハマグリが大量に打ち上げられていたのが確認された。 しかも、その11日後には茨城県沖を震源とする最大震度5弱地震が発生しているので、海底から強力な地震電磁波が発生し、生態系に大きな影響を与えている事が考えられる。

中央構造線沿いで地震が頻発しているのもとても気になります。
今後、大事にならないと良いのですが…。

 

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『国民性の違いを体感する旅・英国編』

前回、20歳の時の『国民性の違いを体感する旅・米国編』をブログで書きました。

今回はその続きで、英国編ですが、ニューヨークを出発する所から…。

ニューヨーク市近郊には、3つの空港があり、この時の旅では、3つの空港全部利用しました。アメリカ国内の移動の時は、国内線のラーガディア空港。ニューヨークの中心街ミッドタウンに最も近い空港です。

ニューヨークから日本に戻る時は、JALANAなど日本からの直行便がある国際線のジョン・F・ケネディー空港を利用しました。

そしてニューヨークからロンドンに移動する時は、すぐお隣のニュージャージー州にある国際線のニューアーク空港から出発しましたが、その時に私がその後、飛行機が苦手になる出来事が起こりました。

ニューヨークからロンドンの飛行時間は6時間半ほどですが、そのちょうど中間地点あたりで、突然飛行機が激しく揺れ始め、シートベルト着用のランプが点滅しました。そして機体が急降下し始め、機内放送で機長が慌てた様子でしゃべっているのですが、早口の英語で「アクシデント」としか聞き取れず、飛行機は激しく揺れながらどんどん高度を下げていきました。そのうち、酸素マスクが上から降りて来て、口に当てながら「このまま、どこかわからない海に墜落して死ぬのかな…。日本のニュースで『搭乗者名簿に1人日本人の女性がいたもようです。』とか言われるのかな…。」とか思いながら震えていると、隣の席の白人の老夫婦が、手を握って「大丈夫!」と声をかけてくれ、それからまだしばらく降下した後、揺れが止まり、機体が安定しました。

どうやら乱気流に巻き込まれて、エンジントラブルがおきていたようで、機長が機内放送で説明をしておりましたが、アメリカからイギリスに行く航空機なので、英語の説明しかなく、周りは外国人ばかりで、状況がよくわからないまま震えていると、隣の老夫婦がブランケットを掛けてくれ「もう大丈夫。」と背中をさすってくれて、反対隣の白人の男の子が飴をくれました。そこからロンドンのヒースロー空港に到着するまで、一睡もできませんでした。

その体験がトラウマとなり、飛行機に乗ると怖くて身体が震えて、日本に戻るまでにあと2回長距離フライトがあったのですが、地獄でした。それ以来、すっかり飛行機が苦手になってしまい、海外旅行は仕方なく乗りますが、日本国内の移動では、よほど急ぎでない限り、飛行機は使わず、電車・長距離バス・車・フェリーで移動する様になりました。

そんな地獄のフライトで始まったイギリス旅は、何となく嫌な予感がしていたのですが、見事に的中しました…。

とりあえず、ロンドンのヒースロー空港から、デザインがおしゃれで有名なロンドンタクシーに乗って、友人の家に向かいました。

友人の家は、ロンドンで最も歴史が古く、人通りの多いオックスフォード・ストリート沿いにあり、東西約2キロに及ぶこのストリートには有名デパートやレストランやカフェやオシャレな雑貨屋さんなど人気ショップが軒並み建ち並び、東京で言うと銀座の様な感じの中心街でした。

高校の美術学科で3年間一緒だった友人は、ロンドンにファッションデザインを学びに来ており、私が訪れた時は、ちょうど卒業制作のファッションショーで発表する服を制作中で、ミシンと格闘しており「何もこんな忙しい時に来なくても…もっと暇な時に来てくれれば、あちこち案内したのに…」と到着するなりグチを言われてしまい、タイミングが悪い時に来てしまった…と思い「大丈夫。勝手に行きたい所に行って来るから、作品に集中して(^_^)」と友人をなだめた。

すると友人が「食中毒に注意してね。今イギリスでは、食中毒で毎日の様に人が死んでいるから。」と言ってテレビをつけたら、イギリスのニュース番組で「今日は◯◯を食べて◯人死んだ」とか「生野菜は食べてはダメ!野菜は必ず加熱する事。牛肉や卵は、加熱してもダメだから食べない様に!生水や牛乳も飲んではダメ!」などと放送していた。

「イギリスって先進国だよね?どうなっているのこれ?」と聞くと「イギリスの食べ物ってひどいのよ。ヨーロッパでは一番食事がひどい国ね。代表的なイギリス料理を聞くと、みんな『フィッシュ&チップス』って答えるの。冷凍の白身魚とポテトをフライにしただけの食べ物。この国の人は、冷凍食品を買って、温めるだけの食事が当たり前で、テーブルの上に大量の調味料が置いてあって、あれこれかけて自分の好みの味にして食べるの。ひどい食事。

それに加えて今、狂牛病で牛肉や牛乳も危ないし、卵はボツリヌス菌で加熱しても危ないし、いろんな食中毒菌で、危なくて何も食べられないの…最悪。」と嘆いていた。

当時のイギリスは、「狂牛病(BSE)」と言って牛の飼料として肉骨粉を食べさせ「共食い」させた事が原因と言われる病気が蔓延して、牛が大量死したり、食中毒菌やエイズウィルスなど様々な菌やウィルスが広がって、毎日のように死者が出ており、酷い状態だった。

今回のコロナウィルスの変異株が最初に発生したのもイギリスだったが、アメリカもそうだが食生活がおかしな国は、ウィルスや病気が発生して蔓延しやすいのかもしれない。イギリス型の変異ウィルスは、感染力がとても高い厄介なものらしく、そんな状況の国だけに、これまで様々なウィルスに対するワクチン開発の必要性に迫られてきた経緯があり、コロナもイギリス・アメリカが断然早かった。

イギリス製のコロナワクチンを打って韓国で5人死んだとニュースになっていたが、私は得体の知れない物質を自分の身体に入れたいとは思わない。

日本のワクチン開発が弱いとされているのは、古来より食文化がしっかりしていて、海藻や発酵食品などのおかげで、日本人にしかない酵素や有用菌が体内にあり、欧米に比べて菌やウィルスに犯されにくい体質だった事も要因にあると思う。でも、最近は日本も食の乱れや農薬など化学物質や遺伝子操作された食材が増えているし、漬物や味噌汁など日本古来の食事をしなくなっている人が増えており、今後、欧米のように菌やウィルスが蔓延しやすくなるかもしれない。

当時、私が通っていた大学の学部のヨーロッパ研修旅行が、ちょうど私がロンドン滞在中に行われており、空間デザイン科の先生が50人ほどの芸術学部の学生を引率してイギリスに来ており、オックスフォード大学の学食でランチして集団食中毒に遭い、全員病院に担ぎ込まれた。そのニュースをロンドンの友人宅で見て驚いた。そんな状況なので仕方なく、友人宅にいる間、私の母が事前に日本からお土産として送ってくれたお米やうどん・蕎麦の乾麺や鰹節・海苔・昆布・わかめ・干し椎茸・高野豆腐などの乾物を戻して調理して食べ、出かける時は、梅干しやおかかのおにぎりを握って持って行ったので、イギリスで外食は一切しなかった。

ロンドンの中心地にハイドパークという、ニューヨークで言うセントラルパークのような巨大都市型公園があり、そこの芝生に座っておにぎりを食べていたら、そこでサッカーをしていた少年チームの子達が珍しそうに近づいてきて「それは何?」と聞いてきたので日本語で「おにぎり」と言ったら、きょとんとしており「ジャパニーズ・ライスボール」と言ったら、納得していた。海苔を巻いていたので、得体の知れない黒い物体を食べている様に見えたのかも知れない。

当時は、今のように携帯電話で何でも調べられる時代ではなかったので、地図を片手にロンドンの中心街を一人で歩き回った。探していた建物が見つからず、何人かに声をかけたが、ことごとく無視された。小さな子供の手を引いた母親らしき人ならいけるかと思い正面から「エクスキューズミー!」と声をかけたが、露骨に嫌な顔をされ、無視して通り過ぎた。小さな子供がこちらを振り返りながら「ママ、あの人が何か言ってるよ!」と言ってくれたのだが「いいから行くわよ!」と気にかけてくれる子供の手を引っ張って行ってしまった。

アメリカを3週間旅した時には、ほとんど経験しなかった、人種差別の洗礼をイギリスで受けた。

その後、英国王室御用達の老舗高級デパート「ハロッズ」で、素敵なデザインの缶に入った紅茶をいろいろ買おうと訪れた時の事、私のだいぶ前に品の良さそうな男性が歩いており、ハロッズのガラスドアを押して開けた。その次に中年の女性が入ろうとしていたのに気づいたその男性は、ガラスドアを押さえて「どうぞ!」とその女性を手招いた。「さすが、英国紳士。レディファーストを心得ている。」と思った矢先、その後を私が通ろうとしたら、男性が冷たい顔でドアを閉めた。「うわ…露骨だな…」あまりにわかりやすい差別に思わず苦笑いした。

「イギリスでは、アジア人に対する差別がキツいのかな…」と思いながら、お店で飲み物を買った時、店員さんが「ユーアー チャイニーズ?」と聞いてきたので「ノー!ジャパニーズ」と言うと、物凄い顔をして「ジャパニーズ!!」と言って冷たくあしらわれた。

「えっ?アジア人でも中国人は良くて、日本人はダメなの?どういう事???」

帰って友人に聞いてみると「イギリスは日本と同じ島国だから、地続きのヨーロッパの国々より、よそ者に対する態度が厳しいと思う。アジア人に対しても、中国(香港)やインドはイギリスの植民地だから、自分達の支配下にあると思っているけど、日本は戦争であれだけ痛めつけられても、戦後に高度経済成長し、世界第二の経済大国に成り上がった事が気に入らないんだと思う。大英帝国のプライドが高いのよ!」

確かに当時は、まだ香港はイギリスの植民地で、中国はまだ経済大国ではなかったので、プライドの高いイギリス人にとっては、格下として上から目線でいられたが、成り上がり経済大国の日本に対しては、とても厳しかったようだ。

アメリカは、多民族国家だからもっと自由な感じだったけど、イギリスはめんどくさい国だね。」と言うと「王室があり歴史ある国だからね。アメリカもイギリスから独立した国だから、経済では負けているけど、原点は自分達だから自分達が格上だとイギリス人は思っている。でも日本は、皇室もあり、歴史もとても古いので、ある意味、イギリスにとってライバルなのかも知れないね…」と言っていた。

なるほど…。いろんな意味で日本人は、ライバル視されているのか…と理解した。

昨日の夜、メーガン妃とヘンリー王子が、インタビューを受けて「メーガン妃と生まれた子の肌の色で差別を受けた」と言って、イギリスやアメリカで大騒ぎになっているとニュースで報じられていた。メーガン妃は、白人の父とアフリカ系アメリカ人の母のハーフなので、黒人の血が流れており、その事を英国王室は嫌がり、肌の色が違うとか嫌がらせを受けていたらしい。ちょうどこのブログを書いていたので、とてもイギリスらしいニュースだと思った。

今でも人種差別問題は、とても根深い問題だと感じた。

ロンドンの歴史的建物を巡ってみようと思い、有名な赤い二階建てバスの「ダブルデッカー」の二階がオープンカーになっているタイプに乗り込み観光してみた。

美しいデザインの「タワーブリッジ」や、英国王室の公邸である「バッキンガム宮殿」や、英国国会議事堂である「ウェストミンスター宮殿」の時計台「ビッグ・ベン」や、世界最大の博物館「大英博物館」など歴史的建造物を巡った。さすが大英帝国!と思うほど重厚で美しい石造りの建物の数々は、アメリカの近代建築と違い、歴史の重みを感じ、デザインも美しく本当に感動した。

開閉式の美しい「タワーブリッジ」が歌で有名な「ロンドン橋」かと思っていたが、同じテムズ川に架かる別の橋だった。よく誤解されるらしい。バッキンガム宮殿で赤いジャケットに黒いふわふわの帽子を被った兵隊さんを見て、子供の頃におもちゃの兵隊さんの木の人形を持っていたのを思い出し「あれはバッキンガム宮殿の兵隊さんだったのか…」と実物を見られて嬉しかったり、当時私が使っていた忘れな草のパフュームが「ウッズ オブ ウィンザー」と言って伊勢丹でしか売っていないものだったのだが、英国王室最古のお城でエリザベス女王が週末過ごす居城「ウィンザー城」の森を意味する王室御用達の香りだと知ったり、いろいろ発見があり、面白かった。

一番楽しみにしていた「大英博物館」でバスを降りた。世界最大の博物館で、世界中の美術品や書籍や歴史的に略奪した品々など約800万点が収蔵されており、とても1日では見きれない。大英帝国時代に各植民地から略奪してきたものも多く、世界各国から返還を求められており「泥棒博物館」や「強盗博物館」などと批判されていたりする。

日本の展示でも縄文土器や埴輪・銅鐸・鉄剣・銅鏡や平安時代の陶器や着物や古文書・鎧兜や貴重な浮世絵・仏像など戦後のどさくさで持ち出された物もあるのか歴史的な品々が展示されている。

観光客が多かったので、なるべくすいている所に自然と足が向かった。入った大きな部屋は、エジプトの展示室で、横長のガラスケースがたくさん並んで置いてあり、その中は全部、棺に入ったミイラで、さながらご遺体安置所の様だった。

成人のミイラだけでなく、赤ちゃんや子供のミイラまであり、少女のミイラなど、髪も生えており、肌もきれいで生きているかの様にリアルだった。ちょうど私が見学してる時、その部屋には私一人だけだったので「今このミイラがゾンビのように一斉に立ち上がったらどうしよう…」などと想像して、急に怖くなった。

その後、古代エジプト古代ギリシャの展示をひと通り見たのだが、最初に見たミイラの部屋のインパクトが強烈過ぎて、ほとんど覚えていない。15年後に御神託で「ロゼッタの石版」とメッセージが降りてきた時に「ロゼッタストーンって確か大英博物館で実物を見たはずなのにミイラの記憶しかない…」となったほどである。

大英博物館を出て、疲れて目の前の階段で座っていると、白髪に白いひげに黒いハットを被り、ステッキを持った英国紳士風のおじいさんが「アフタヌーンティーをご一緒にいかがですか?」と声をかけて来た。アメリカの湖で釣りに誘って来たおじいさんといい、私は白いひげの仙人の様なじいさんにどうもモテるらしい。

近くのオープンカフェでおじいさんとお茶を飲みながら、片言の英語と和英辞典を駆使しながら、コミュニケーションをとり、いろいろお話しした。それが唯一楽しかったイギリス人との交流だった。帰りは、おじいさんから路線バスの乗り方を教えてもらい、バス停まで送ってもらい、なんとか友人の家までたどり着いた。

日曜日に友人がロンドンで有名なアンティークマーケットに連れて行ってくれた。古着や小物やアンティークの家具や雑貨など状態も良く、物を大切に使う国民性なのだと感じた。とても楽しい時間だった。

ロンドンを発つ日、ヒースロー空港行きのバスを待っていると、時間が過ぎてもバスが1台も来ない。すると私の前に黒いロンドンタクシーが止まり「今日は、ストライキやってるから、待ってもバスは来ないよ!」と運転手が教えてくれた。慌ててタクシーに乗せてもらい空港に向かった。時間が迫る中、空港に着いて搭乗手続きをしていたら「なぜ、直接日本に帰らず、またニューヨークに戻るのか?目的は何だ?」と聞かれ「友人達とニューヨークで落ち合う事になっているので…」と説明しても「なぜだ?」と神経質そうなイギリス人5人くらいに囲まれて「何かを隠し持っているかもしれない」と薬物の運び屋と思われたらしく、身体検査と荷物を全部出されて調べられ、お土産で買った紅茶の缶も全部開けられ、中のお茶まで出して調べられた。何も出て来なくて、グチャグチャに荷物をスーツケースに戻され、私の検査で飛行機の出発が大幅に遅れて、飛行機に乗り込む時に多くの人に睨まれ、イギリス旅は最後まで散々だった…。

飛行機は、行きで恐怖症になってしまったので、眠れずにニューヨークに着いて、飛行機を降りたら、アメリカ人の空港職員の制服を着た、太った黒人のおばちゃんが「ウェルカム!ウェルカム!」とニコニコ笑いながら、手を広げて立っていた。そのおばちゃんの笑顔を見たら、ホッとして思わず抱きついてしまった。

イギリス人の空港職員の冷たい目とはえらい違いで、とても安心感があり、そのおばちゃんに本当に癒された。

その後、パリに行った友人とホテルで落ち合い、アメリカを旅し続けていた友人は、お金が尽きたので、先に日本に帰っていた。

イギリスは、大英帝国のプライドが高く、神経質な割には、食がひどく、先進国とは思えないほど、食中毒やウィルスなどが蔓延しており、本当にバランスの偏った国だと思ったし、食事は重要だと思った。

イギリスから自由を求めて新天地を目指した人々がアメリカ大陸に移り住んだので、アメリカ人の国民性はおおらかで、多民族国家なので、居心地は良かった。(最近は新型コロナウィルスがアジア圏から発生したとされ、アジア人に対する風当たりや差別は強まっているようだが…。)銃社会問題もある。

この長旅で、いろいろ体験して、国民性の違いやそれぞれの国の問題を考えさせられた。

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『国民性の違いを体感する旅・米国編』

アメリカで民主党ジョー・バイデン氏が第46代大統領に就任しましたね。78歳と史上最高齢での就任。副大統領には女性として初めて黒人のカマラ・ハリス氏が就任。56歳の女性という事で、個人的には、同世代の彼女にとても関心を持って注目しています。

選挙でトランプ支持とバイデン支持がほぼ半数で分断されたアメリカ国民のうち、白人は人口の半分以下になり、人種問題や移民問題に直面しているバイデン政権は、閣僚に黒人・先住民・性的マイノリティの方々や女性を多く選び、サヌキ性(男性性)に偏った状態からアワ性(女性性)にバランスを取ろうとしている。

しかし、不穏な動きもある様なので、今後アメリカがどうなってゆくのか、注視する必要がある。

現在、世界第一位の経済大国のアメリカは、イギリスの植民地から1776年に独立して、1789年に初代大統領ジョージ・ワシントンから今回のジョー・バイデン新大統領まで46代、245年の歴史で、経済大国第二位の中国、第三位の日本の長い歴史から考えると、アメリカの歴史は本当に短い。

先日のブログ『不穏な空気』で私が「国民性の違いを体感する旅」として、18歳で台湾・22歳で香港・25歳で中国と中華圏を巡ってみたお話しをしましたが、20歳の時には、大学の夏休みを使って、欧米の違いを体感しに、アメリカとイギリスを1ヶ月間旅してみた。

きっかけは、姉がイギリス系アメリカ人とのハーフの旦那さんと結婚し、その義理の兄が日本で子供の頃に白人のアメリカ人とのハーフという事で肌の色・髪の色・目の色が違うと「外人!」と石を投げられたり、人種差別で苦労した話を聞き「人種差別問題」に関心が湧きました。

アメリカでは白人による黒人差別問題や先住民迫害など、肌の色や人種で差別が問題になっているが、たった200年ほどで世界一の経済大国になったアメリカとその原点の国であるイギリスの国民性は、実際どんなものなのか、肌で感じる旅である。

ちょうど,アメリカのワシントン州とイギリスのロンドンに友人が留学していたので、それぞれの友人に会いに行きつつ、旅をしました。

アメリカへは、私と建築・住空間・インテリアデザインを一緒に学ぶクラスメイトの男女3人で旅に出た。

まず、ワシントン州のシアトルから入り、ワシントン州立大学で建築を学びに留学している友人と合流し、大学の寮のゲストルームに泊めていただき、彼女のアメリカ人のボーイフレンドの実家に招かれ、彼とその家族と食事をした。

アメリカに来て、初めて触れ合う白人のファミリーは、とてもフレンドリーで日本人の私達を歓迎してくれた。

ワシントン州の優れたデザインの建物やアートや観光地を案内してもらい、その後、友人と彼も一緒に車でカナダとの国境付近まで旅をした。

大きな湖のある自然豊かな場所に着いたその日は、7月4日でアメリカの「独立記念日」でした。今から約245年前の1776年のこの日、アメリカが「独立宣言」をして、イギリスから独立した日です。

アメリカ人はこの日、バーベキューやピクニックに繰り出し、朝から晩まで花火や各種イベントを楽しんで、建国を祝って盛り上がります。

その湖のほとりでも、コテージなどでバーベキューパーティーが開かれており、昼間から花火を打ち上げて、盛り上がっていました。

突然現れた私達アジア人に、アメリカの若者達は少し驚いて、けげんな顔をしていましたが、大人達が「あなた達もこちらにいらっしゃい。一緒に建国を祝いましょう!」とバーベキューパーティーに誘ってくれました。

友人達ほど英会話が得意ではない私は、会話を必死に聞く事にも疲れ、ひとり景色をぼーっと眺めていたら、白髪に白いひげのおじいさんが「一緒に釣りをしよう。」と誘ってくれて、小船に乗って湖の真ん中あたりで、おじいさんと釣り糸を垂らした。大自然の中で釣りをしていると、東京の慌ただしい生活が嘘のようだった。だまって釣りをするおじいさんの姿は「老人と海」(湖だけど…)みたいで、なんだかホッと癒された。釣れた数匹の魚を焼いて、私達に振舞ってくれ、とても楽しい時間を過ごした。

その後、友人&彼氏と別れ、10日間ほど、あちこちの州の大自然を旅した。

長距離バスで移動している時、砂漠地帯でよく見ると、8本の竜巻きがゴウゴウと砂を巻き上げ砂柱となり、そのうちの1本がバスに迫ってくる様でとても怖かった。自然界のスケールが日本とは、まるで違った。

約2週間、アメリカの雄大な自然を満喫したので、今度は大都会を体験するため、飛行機でニューヨークへ大移動した。

アメリカは国土が広いため、国内時差があり、シアトル・ロサンゼルス・サンフランシスコ・ラスベガスなどの西海岸とニューヨーク・ボストン・アトランタ・マイアミなどの東海岸では、3時間の時差がある。

同じ国でこんなに時差があるのは、不思議な感じがした。

そう言えば、友人の彼氏の家族と食事している時に「自然を満喫した後は、ニューヨークに行く」と言ったら「西海岸で暮らす僕らは、東海岸のニューヨークなんて遠くて一度も行った事ないよ。アメリカ人の僕らも行った事ないのにすごいね。」と言っていた。確かにシアトルとニューヨークじゃ、端から端までアメリカを横断するので、飛行機で5時間弱かかる。

本当に広い国だと感じた。

ニューヨークに着いたその日は、マンハッタンのミッドタウンにある、あの有名なカーネギーホールの真隣りにあるホテルを予約しており、窓からカーネギーホールが見えるはずだったが、残念な事にその時期にカーネギーホールが外観工事をしており、建物が工事用の足場とネットに覆われて、ほとんど見えなかった…。

ミッドタウンとは、ニューヨークの一番中心地で、カーネギー・ホールの他、エンパイア・ステート・ビルニューヨーク・タイムズ・ビル、ロックフェラー・センターマディソン・スクエア・ガーデンタイムズスクエアトランプ・タワー、セントラル・パーク、国際連合本部ビルなどなど、マンハッタンの主要な建物が集中する場所なので、近代建築見学としては、最高の場所で毎日歩き回っていた。

MoMA(モマ)」と呼ばれて親しまれるニューヨーク近代美術館は、セザンヌピカソ・ダリ・ゴッホ ・ルソー・ゴーギャンなどのそうそうたる画家の教科書にのるほどの有名な名画が展示されており、とても見応えがある上に、建築図面や模型・家具・商品デザイン・ポスター・写真・映画など、芸術とはみなされていなかった新しい時代の表現までをも収蔵品に加え、世界のアートデザインの中心とされており、日本製の電気製品や家具、映画作品などもデザインの歴史に影響を与えた優れた作品として収蔵されている。

また螺旋状の曲線美が美しいグッゲンハイム美術館は、大好きな建築家フランク・ロイド・ライトが設計した建物で、美術品だけでなく、空間も楽しめる美術館だった。
ミッドタウンをひと通り満喫し、マンハッタンのダウンタウンに向かう途中、とても記憶に残る出来事があった。

カフェでランチをしたが、アメリカに来てから食事が、何を注文しても脂っこく、味も濃く、量もやたら多く、胸やけがする食べ物ばかりで、さっぱりしたくて炭酸ドリンクやヨーグルトなどを頼んでも全て激甘で、食事が合わなくて3人ともうんざりして店を出た。

「胸やけがする。お茶飲んで、さっぱりしたいけど、アメリカってお茶飲む文化じゃないし、どこにもない…こんな事なら麦茶パック持ってくればよかった。」

「アイスコーヒー頼んだら、最初からガムシロップがたっぷり入っていて甘かった…ブラックコーヒーってあえて言わないと砂糖が入ってくるのね…」

アメリカが肥満大国なのがわかる気がする…」

など、口々にアメリカの食に対して不満を言いながら、スーツケースをガラガラ引いて歩いていたら、後ろから「おーい!君たち待ってー!」と英語で誰かが叫んでいた。振り向くと先ほど入ったカフェの店員のお兄さんだった。

カフェを出てからもう30〜40分は経つ。だいぶ遠くまで歩いて来たのに、追いかけて来た。

「見つけられて良かった!これ君たちのだろ?スーツケースの鍵だよね?旅の途中で無くしたら困ると思って。ずいぶん探したよ!」と友達が落としたスーツケースの鍵を届けてくれた。

友達はそのお兄さんに感謝して、何度もお礼を言って、チップを渡していた。

「気をつけて良い旅を!」とさわやかな笑顔でお兄さんはお店に帰って行った。

さっきまで、料理に文句をつけていた自分達が恥ずかしくなり、反省した。

「真っ直ぐ歩いて来たわけではないのに、40分もニューヨークの街の中を探してくれるなんて、なんて親切な人なんだろう…」

思えば、アメリカを旅してからずっと、人種差別どころか、フレンドリーでとても親切にしてもらう事が多かった。確かに日本で報道される様な人種差別の事件は実際に起こっているのだろうが、その報道を見て、アメリカ人の多くがそうなのではと思ってしまっていた自分の考えが、実際に旅をしてみて人々と触れ合って変わっていった。確かに冷たい態度の人もいたが、そんな事は日本でもよくある事で気にならなかった。

しかし、昨年からコロナの発生源が中国ということから、アジア人に対する人種差別が増え、コロナ禍が続く中、ニューヨークでもアジア系住民に対するヘイトクライム憎悪犯罪)が激増している。人種差別的な暴言や嫌がらせ行為のほか、身体的な暴力を受けたというケースも少なくない。何かがきっかけになり、ある特定の人種に対する差別や憎悪が起こるという現実は、とても、残念な事である。

ニューヨークのダウンタウンソーホー地区に移動した。ソーホーは、芸術家やアーティストが多く暮らし、小さなギャラリーがたくさんあり、とても感性を刺激される芸術とアートの街である。一日中歩き回って、宿泊するホテルに行った。同じニューヨークでもミッドタウン(山の手)とダウンタウン(下町)では、ホテルの雰囲気も違い、宿泊料もグッと安い。東京の下町で育った私には、こっちの方がしっくりきた。

夜、部屋で休んでいたら、窓の外から銃声が聞こえた。しばらくしてパトカーのサイレン音が街に響いた。アメリカが銃社会である事をあらためて感じた。ニューヨークで一週間過ごして、二度銃の発砲音を聞いた。「いつ自分が巻き込まれるかわからない中で、この街の人達は暮らしているのだな…」と『銃社会』という日本にはない緊張感とアメリカが抱える問題を考えさせられた。そういえば、ジョン・レノンもニューヨークで銃に撃たれて亡くなったのだったな…。

アメリカで銃乱射事件が起こるたびに銃規制を求める声は高まるにもかかわらず、銃規制を行うのが困難なのは、犯罪や暴力に対して「自分の身を守るには銃が必要」と強く思っている人が多く、護身用に所持する。だから、闇社会の人間だけでなく、一般人も所持しており、たびたび親の銃で遊んでいた子供が誤射して人を撃ってしまう不幸な事件もある。

共和党と関わりが深い、全米ライフル協会は、1871年南北戦争北軍の帰還兵らによって組織され、個人の銃所有の権利を擁護する団体で「人を殺すのは人であって銃ではない」というスローガンを掲げている。

その団体が政治と密接に繋がっているのだから、銃規制が難しくとても根深い問題である。

人が銃や武器を持たなくてもよい世の中を作ることに政治の力を使ってほしいものである…。

ニューヨークからヨーロッパに行くのに当時は5万円ほどで往復できたので、私はイギリスのロンドンの友人に会いに行く事にして、もう一人は、パリに行く事にして、もう一人は、アメリカをもう少し旅する事にして、一週間後にまたニューヨークでおち合う事にした。

アメリカの原点であるイギリスを実際見ておきたかった。

そのイギリスの旅で体感した事はまた次回…。

 

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『宇宙より愛を込めて∞』

新年あけましておめでとうございます!

今年もRei-waブログをよろしくお願いします!

写真は、国際宇宙ステーションにいる野口聡一さんが実験棟「希望」から見た地球の初日の出を生中継しており、あまりに幻想的で美しかったので、そのテレビ画面を撮影して編集してみました。一瞬ごとに色と形が変化し、宇宙の神秘を感じました✴️

宇宙ステーションにいる野口聡一さんは、90分間で地球を1周しており、1日に地球を16周しているので、日の出・日の入りを1日16回見ているそうです。東京から熱海に行くぐらいの時間で地球1周って、そんなスピードで地球を回っても、重力が無いから大丈夫なのですかね…。1日に日の出日の入りを16回も体感していたら、体内時計が狂って来ないのかしら…とか、いらぬ心配をしてしまいますが、同じ日本人でそんな経験をしている人達がいるという事は、凄い事ですね。

私は、30年前に日本人初の宇宙飛行士の宇宙プロジェクトにスタッフで関わった事があります。

1990年、私がTBSテレビでデザイナーをやっていた頃、TBSのジャーナリスト秋山豊寛さんが、ソ連のバイコヌール宇宙基地から宇宙船ソユーズに乗って宇宙ステーションミールに滞在して、宇宙から地球を報道するという「TBS宇宙プロジェクト」に私も美術スタッフとして参加しており、その準備から打ち上げや地球に帰還するまでを身近に体験しました。

当時は、アメリカのNASAスペースシャトルチャレンジャー号が打ち上げで爆発し、宇宙飛行士が全員死亡したため、1989年に毛利さんが乗るはずだったスペースシャトルの打ち上げが中止になり、結果的に1990年打ち上げのTBSの社員である秋山さんが日本人初の宇宙飛行士となり、宇宙ステーションミールに滞在する初の民間人となりました。

ユーミンが、そのプロジェクトに合わせてテーマソングの「SAVE OUR SHIP」という曲を作り、レポーターとしてバイコヌール宇宙基地を訪れ、この曲を熱唱してくれました。

ソユーズ打ち上げ成功の時にもこの「SAVE OUR SHIP」が流れ、スタジオで巨大モニターを見ながら、平成元年から長い時間をかけて準備してきた苦労が打ち上げの成功ですべて報われ、スタッフが皆泣いていた様に思います。

TBSドラマ「下町ロケット」を見た時、あの時の宇宙船ソユーズの打ち上げのドキドキ感と打ち上げ成功の感動を思い出しました。

秋山さんは、宇宙酔いに苦しみつつも、宇宙から見た地球を中継し続け、ジャーナリストとして地球の問題を報道しました。

8日間宇宙ステーションに滞在し、その後、無事に宇宙船ソユーズで地球に帰還しました。

最後の小さなカプセルで地上に着地して、秋山さんの無事を確認した時にプロジェクトは成功し、皆が喜びました。

秋山さんは宇宙に行ったことで「お金や権力や名声などと云ったものが、あまりにもちっぽけで、そういったものに興味が湧かなくなった」と5年後TBSを退職し、無農薬の有機農業を始め、椎茸や米や大豆や粟などの穀物と30種類以上の野菜を育て「あぶくま農業者大学校」を主宰しました。

やはり、大切な事に気づいた人間は、土を耕し、無農薬で野菜や米を育てるのですね。

以前のブログ『困難を極めた時のリーダーの資質』で紹介した、2度の大災害から人々を経済的に救った日銀の遠藤さんもその後、無農薬栽培で野菜を育て始め、早朝に畑仕事をしてから、日銀に勤務したり、国会で答弁したり、していました。私は、その遠藤さんの書斎や農作業の道具や収穫物を収納する小屋やあちこちをリフォーム・増築をさせていただきました。

私も東京で生まれ、いろいろやって来て、人間として何が大切なのか気づき、地方に移住して、無農薬で野菜や米を育てていますから。

昔から自分で食べる物を自分で育てる事は、皆があたりまえにやっていた事で暮らしの基本ですから。まず、そこから始める。原点回帰ですね!

元日に宇宙から地球の美しい初日の出を見て、これからは、地球全体の事を考えて、行動する時代だと感じました。

子供達のためにも、良い地球にしてゆきましょう!

【個人セッションお試し期間のお知らせ】

私は、セラピーを20代後半に数年間、体験・学ばせて頂き、個人セッション(カウンセリング)も仕事としてやらせて頂いています。

これまでのご相談は、体調や病気のご相談・薬草の知恵、この先の仕事の悩み、人間関係・家族との関係、いじめや虐待・トラウマ、霊的な話・先祖供養、隠された歴史の話などいろいろです。

ご相談を受けて、夜にメールのやり取りで、対応しているので、遠方の方でも大丈夫です。

最後にあなたへの御信託を降ろします。

通常は数日かけてじっくりメールのやりとりをして料金は1万円なのですが、1月は【お試し期間】として、1日のみ数回のメールのやりとりで御神託をお伝えして、通常の半額でやります。ご希望の方は『お試し個人セッション希望』とご連絡いただき、希望の日時をお伝えください(^_^)

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『不穏な空気』

今年は、皆がコロナに振り回された一年だったが、その裏で不穏な動きがとても気になる。

今年の11月19日に衆議院本会議・12月2日に参議院本会議で「種苗法改正案」が可決されました。

農家が種を自家採種したら懲役10年、罰金1000万円と言われる法案とは、農家は遺伝子操作された種から作られた野菜を生産販売し、肉や卵もエサにゲノム編集された飼料を使い、そんな食材を食べ続けた国民は、2人に1人ガンになり、わけのわからないウィルスに侵され、遺伝子操作されたワクチンを打たれ、5Gの強力な電磁波を浴び続け、血液が巡らず、脳が壊され、そうやって食や健康をコントロールされ遺伝子操作されたクローン人間の様になってしまう…。

今年、ゲノム編集の研究者2人がノーベル化学賞を受賞しましたが、生物そのものを変え、 食料・エネルギー問題を解決する品種改良だとされていますが、海外でゲノム編集の飼料を食べ続けた牛の角が消えたという様な安全性に疑問視する情報もある中、遺伝子組み換え・ゲノム編集・ワクチン・5G、すべて人体実験としか思えない…。

私のブログを読んでくださっている方ならご存知と思いますが、もともと私は空間デザインの仕事をしていましたが、今の世の中、衣・食・住全体が化学物質づけになっており、特に「食」は直接、身体の中に入ってくる物なので、このままでは、血液も細胞もみな汚染され、取り返しがつかなくなると感じ、安全な野菜や毒素を排出する薬草茶や血液を浄化し、健全な細胞をつくる核酸など人間に本来必要な物をあわたまで提供して行こうと思い、今は活動しています。

国はさらにマイナンバーカードで国民の情報のみならず、個人の銀行情報や医療情報なども管理してデジタル管理社会をつくる。

日本国民も政府によって健康や財産も管理され、「秘密保護法」で行政機関が国民に知られたくない情報を「特定秘密」に指定して隠し、それを指摘するネットの書き込みなどを削除し、自由に物が言えない状況にじわじわとなって、デジタルで監視する社会を作り上げてきている。

私はこの一年、ブログで政治に対しては、厳しい事を書かせてもらったが、国民が政治に対して厳しい目を持っていないと、しれっと国会で自分達に都合のよい法案を通し、いつのまにか、国民が管理される社会になり、気がついたら、自由にものを言えない状況になってゆく…。

中国に管理され、自由を奪われてゆく、香港の人々を見ていると、日本の国民も人ごとではない。

香港で「無許可集会扇動罪」などに問われた民主活動家の周庭氏ら3人に禁錮刑が言い渡されたことへの抗議声明が、世界各国で起こっているが、20代前半の彼女の様な勇気ある若き活動家達は、香港だったから現れたが、中国本土からはなかなか現れない。中国で生まれ育った若者達は、中国共産主義に表立って物を申す事ができないので、抗議活動など起こさない。物を言えば、今回の様に捕らえられ、実刑になる事がわかっているからだ。

私も周庭さんと同じ歳頃の時期に、近隣のアジアの国々の国民性の違いにとても関心を持った。

30年以上前、大学に入学して、クラスに韓国と台湾からの留学生がいて、親しくなった事が、きっかけだった。

ある日、韓国からの留学生が体調を崩して学校を休んだ。私は、家で両親と食事中にその事を話した。すると少々お節介な私の母親がいつの間にか、彼女に連絡を取って、彼女を病院に連れて行き、食事を作ったり、看病したり、通っていたらしい。そんな事は知らずに、数日後、彼女が元気になって学校に現れた時に「玲ちゃんのお母さんが、病院に連れて行ってくれて、看病してくれた。韓国の両親にその事を話したら、『それは本当に日本人か?日本人にそんな親切な人間がいるのか?信じられない…。』と言っていた。」と聞き、いろんな意味で驚いた。

娘の日本留学を認める親でさえ、日本に対してそんなに厳しい目で見ているのなら、一般の韓国人は、もっと厳しいのだろうとその時に感じた。「じゃあ他の国々の人々はどうだろう?」と興味が湧いてきて、10代の終わりから20代の半ばまでに、国民性の違いを体験する旅として、アジアは、台湾・香港・中国の中華圏と欧米は、アメリカとイギリスに行ってみた。

当時は、建築デザインを学んでいたので、有名な建築家の事務所で図面のトレースのアルバイトや建築雑誌に載せる建築模型作りの仕事をして、稼いだお金をすべて旅行に注ぎ込み、親には「それぞれの国の建築物を見に行きたい。成人式は出ないので、着物代を旅行代にあてたい!」などと言って、旅行費用を集めた。

10代の終わりにまず台湾に行ってみた。

私と台湾からの留学生の女の子とクラスメイトの男の子2人の4人で2週間かけて、台湾を1周した。留学生の子が、事前に他の科の台湾留学生達にこの旅行のプランを相談していて、私達が2週間スムーズに台湾を1周出来る様に、完璧なプランでおもてなししてくれた。

各地で貴重な建築物を見学し、名所を観光案内してもらい、その地の美味しい物をご馳走になり、宿泊は、各留学生やその親戚の各地の家や別荘やゲストハウスにすべて泊めていただいた。毎日、日替わりでいろんな方がプランを立てて、もてなしてくれた。すごくフレンドリーで明るい国民性だった。

驚いた事に、留学生はもちろんだが、その両親や兄弟や親戚の方々まで、皆が日本語を話せた。年配の方々は、日本が統治していた時期に強制的に学ばされ、覚えたとの事ですが、若い人達は、今のようにインターネットの時代ではなかった時に、これからの先を見据えて、日本との文化的交流を深めるために日本語を学んでおり、台湾語・中国語・英語・日本語を話せた。

それらの事から台湾の人達は、先周りをして、素早く準備し、完璧に実行する印象があった。まさに今回のコロナ対応で、台湾はいち早く情報を収集して、素早い行動を起こし、世界のどこの国よりも完璧にコロナを封じた。今の時点で台湾はコロナ死者7人しか出していない。スピード感ある対応で、国民の命も経済も守っている。

その後、大学卒業後に、まだイギリスの統治下だった香港に行った。LOFTマガジンの取材に同行して、香港で選んだインテリア雑貨を特集して頂いた。そんな、取材旅行だったので、台湾の時の様に、香港の人々や、その暮らしに触れる機会があまりなかったのが残念だったが、若者達は、自由を楽しんでおり、流行に敏感で、イギリス領だけに英語も話せる人が多かった。

その年に九龍城(クーロン城)が解体されるとの事だったので、解体される前にあの要塞の様な建物をどうしても見ておきたかった。

九龍城とは、城ではなく、中国本土から逃げて来た3万人以上の人達が住み付き、増築に増築を重ねた「要塞」の様なスラム街であり、一度入ったら出てこれないという無法地帯であった。

LOFTマガジンの編集部の人達も九龍城の最後の姿を取材したいとなり、現地のガイドさんに案内してもらったが、九龍城入り口の薄暗い通路で、ガイドの男性が震えて「おれは、数年前にこの場所で足を撃たれた。もうこれ以上は、危険だから、車に戻ろう…。」と銃で撃たれた足首の傷を見せられた。確かに異様な雰囲気だったので、それ以上進む事は断念した。

スラム街の暮らしは、想像以上に殺伐としており、香港マフィアの隠れ簑で香港の「闇」を感じた。自由を求めて、中国本土から香港に逃げてくる人達は後を経たず、スラム街は膨れ上がった。無法地帯となった九龍城を香港政府が取り壊す事を決め、住人と立ち退き問題で揉めていた。

香港に逃げてくるほど中国は、実際の所どうなのか…それから数年後に新婚の夫と中国に行ってみた。

中国では、万里の長城故宮天安門広場など代表的な建築物を見に行った。まだ、世界遺産がない時代だったので、今ほど混んでなく、じっくり見学出来た。

歴史の古い中国の建造物の中でも万里の長城の起源は紀元前8世紀までさかのぼり、各地で作られた防壁を紀元前3世紀に秦の始皇帝が北方民族の侵入に備えて繋ぎ合わせ、さらに西方に延ばし、全長約6000kmといわれる長大な防壁として築かれた。

実際に万里の長城を歩いて見ると、まさに大地をはう「巨大な龍」で、こんな壮大なものを紀元前の時代に重機もなく、人力だけで造りあげるこの国の人々の底力は、はかり知れないと感じました。

ラストエンペラーでお馴染みの北京の紫禁城は、世界の中心を地上に具現した領域で、北極星の天帝に代って地上を治める皇帝の住む宮殿として、1421年に南京から北京へ都を遷してから、清朝の滅亡まで使われた。「紫宮」とされ、庶民などが自由に入るのを禁止された城で「紫禁城」と呼ばれた。現在は故宮博物院となっており、中国の歴代の皇帝らによって収集された歴史的文化財を保存、展示する、皇帝権力の象徴的な博物館となっているが、戦時中に日本軍が進軍して来たために、博物院の所蔵品を戦火から守るため重要文物を南方へ疎開させ、最終的には、多くの所蔵品を台湾へ移動した。ちなみにその所蔵品を移動させた、台湾の台北にある国立故宮博物院も私は拝観しているので、中華民族の歴史的文化財や美術品の国宝級の物は、ほとんど見ており、その技術力の高さに驚愕した。

紫禁城の正門が「天安門」でその前の石畳の広場が、あの「天安門広場」である。

1989年6月4日に天安門広場民主化を求めて集結していた民衆のデモ隊に対し、軍隊が武力行使し、多数の死傷者を出したあの「天安門事件」の場所である。政治改革を求める学生を中心に約10万人の人々が天安門広場に集まり、抗議運動を起こし、それに対して中国共産党は人民軍による弾圧をし、デモ隊・兵士双方に多くの犠牲者を出した。

当時、大学生だった私は、テレビで天安門広場に集まった同世代の学生達に装甲車で突っ込んで行く人民軍の映像を見て、ショックを受けたのを覚えている。

天安門広場でその事件の事を思い出しながら、亡くなった人々に手を合わせた。

中国の歴史や建造物の凄さから、人々の底力を感じたが、泊まった外国人観光客が多く利用する国際ホテルの受付カウンター以外で働くスタッフの多くが、英語を話せず、ホテルマンとしてのプロ意識の低さに、台湾や香港とえらい違いだと驚いた。

今、中国と香港そして台湾もこれまでにないほどの緊張感を迎えている。

中国が香港・台湾を制圧する事を目指し、武力統一も辞さない動きが見られる。

前回のブログで「これから起こる大峠」に少し触れましたが、それは天変地異や疫病だけではなく、人間が起こす戦争も含まれており「中国の動き」が鍵となる。

中国が武力攻撃をした場合、おそらく北朝鮮やロシアなども動きを起こし、それに対して、韓国やアメリカも黙っていないでしょう。

そうなれは、確実に日本も巻き込まれてゆく。

コロナも中国がきっかけだが、今後の中国の動きに世界が注視している。最悪な事態に進展しない事を祈ります。

今年は最後まで暗い話題でしたが、この一年長い文章を読んでいただき、ありがとうございました!

そしてこの一年、私の個人セッション(カウンセリング)をお申し込み頂き、勇気を出して悩みや痛みを打ち明け、ご相談された方々が、その後とても前向きに進んでいる様子をFacebookなどで拝見し、私も勇気や活力をもらってます。ご縁に感謝します!来年もよろしくお願いします(^_^)

 

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