『年末年始の出来事』

前回のブログでもお伝えした様に、私は東京の実家で年越ししましたが、年末の紅白を父と年越し蕎麦を食べながら観ており、大トリに福山雅治が歌った時にいろいろ思い出して、感慨深いものがありました。

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福山雅治が、まだデビューする前に長崎にいた頃、インデーズのミュージシャン「SION(シオン)」の音楽に出会い、それがきっかけでミュージシャンを志して、長崎から東京に出て来たのですが、その事は『僕らの音楽』と言う番組でゲストの福山雅治が一番会いたい「尊敬すべき存在」としてSIONと対談している数年前の映像があるので、ぜひそれを後でゆっくり見ていただくと良いのですが、そのSIONは、私が高校の時に仲良くしていて、兄の様にしたっていた存在で、上京してきた福山雅治SIONに「お会いしたい!」と連絡して来た時も私はよく知っており、私と夫が親しくなるきっかけでもある人でした。

私は高校の美術学科の時にクラスメイトで新宿出身の女の子と仲良くなり、彼女の影響で洋楽にどっぷりはまり、当時CDは出始めで、まだレコードで聴く事の方が多く、新宿のレンタルレコード屋に通い詰め、イギリスやアメリカのロックバンドの音楽を聴きまくっていた。そのレンタルレコード屋のある西口のビルの片隅にSIONが2坪ぐらいの小さな音楽雑貨を売る店をやっており、友人と私はレコードを借りた後、毎回その店に寄り、好きなミュージシャンのTシャツやグッズを買ったり、借りて来たレコードをかけてもらって聴いたり、SIONと楽しくお喋りして過ごしていた。

当時のSIONは、子供の頃に見た特撮ヒーロー「怪傑ライオン丸」みたいなもしゃもしゃと髪を逆立てていたので「ライオン丸兄ちゃん」と呼んで親しんでいた。

インディーズのミュージシャンとしてアルバムを出し、新宿や渋谷でライブ活動もやっており、時々タダで見せてもらったり、店でギターを弾いてくれたりしたが、そのギターの弾き方に特徴があった。彼は私と同じ左利きで、普通のギターは右利き用に出来ているのだが、左側に抱えると弦が全部逆さまになるが、左手で器用に逆さまになった弦を弾くのだ。「凄い器用だな…」と思っていたが、左利きという事だけではなく、彼とは何か自分と不思議な共通点がある気がしていた。それが何かは、後でメジャーデビューしてからの彼のある曲を聴いて知る事になるのだが…。

私の友人はファッションデザイナー志望だったので、彼のステージ衣装などを古着をリメイクして作ってあげたり、すっかり仲良くなって二人は付き合う様になった。

私はライオン丸兄ちゃんを兄の様に思っていたので、学校の帰りに彼の店に寄っては、悩みを話したり、なんとなく側でただ黙って話しを聞いてくれるだけで、なんか癒されていた。大学に合格した時に、報告に行くと「おめでとう!良かったな」と言って、着けていたペンダントをプレゼントしてくれ、それから私は、いつもそれを身に着けていた。

大学に行ってからも時々ライブに行ったり、会って話しをしたりしていた時に、俳優・歌手としてデビューして売れ始めていた福山雅治の話しが出た。「昨日突然、事務所を通して福山雅治から電話が来て『SIONさんですか?福山雅治と申します。長崎にいる頃からファンで、SIONさんに憧れてミュージシャンを目指しました。今度ぜひお会いしたいのですが…』と言って来たので、『いいよ』と言って会う事にした。」と言っていた。

それからしばらく経ったある日、テレビの缶コーヒーのコマーシャルで福山雅治SIONの『SORRY BABY』という曲をカバーして歌っている映像が流れた。

「えっ!もうこんな事になったんだ!」

と驚いた。その後も福山雅治SIONの曲をカバーしたり、一緒に曲を書いて発表したりしている。

https://m.youtube.com/watch?v=sMKc2helOpI

TBSでセットのデザイナーをやっていた頃、ドラマの主題歌を歌った福山雅治の歌セットを一度だけデザインした事がある。その時、「あーこの人は、ライオン丸兄ちゃんに憧れて、東京に上京してきたんだよな…。」と思って見ていた。それから時が流れて今や紅白の大トリである…。

https://m.youtube.com/watch?v=GChcruOXrvc

私がTBSのデザイナーを辞めてから、車で北海道を一人旅していると、知床の岬でオホーツク海に向かって、ギターの弾き語りをしている変な男が一人いた。

聞けば、彼は住み込みでアルバイトをしながら、日本のあちこちを放浪しているストリートミュージシャンだった。

「普段、どんな音楽聴くの?」と聞いたら

「あまりメジャーじゃないから知らないと思うけど、SIONってミュージシャン…」

「えっ!知らないも何も、私の友達だよ!

このペンダントもSIONからもらった。」

と大学合格の時にプレゼントされたペンダントを見せた。すると

「えーーー!!」と驚いた彼は、SIONの事を根掘り葉掘り聞いてきた。

岡山で暮らしていた高校生の時からの大ファンだったそうで、SIONに憧れて、ストリートミュージシャンをやっていると言う。

私のもらったペンダントをまじまじと見ながら「いいなーー」とあまりも言うので、その男に「あげるよ。そんなにファンなら、私が持っているよりも大切にしそうだから。」と言ってあげたら大喜びしていた。

それが後の夫です。そんな出会いだったから、結婚して、私のすすめで、紹介した家具工房で無垢の家具を作る職人をやりつつも、週末の夜になるとSIONが昔店をやっていた新宿西口に行っては、路上で歌っており、私も何となくついて行っては「知ってる人に会いませんように…。」と内心ヒヤヒヤしつつ、側で座って聴いていた。

毎年、日比谷の野音でやるSIONのライブを観に行っていたが、結婚当初、二人で銘木の家具の材料の残り木で、箸を二膳作って、日本酒の一升瓶と一緒に

ライオン丸兄ちゃんへ。結婚しました。夫も兄ちゃんのファンです。一緒にライブ見に来ました。箸は二人で作ったので使ってください。」と書いた手紙を添えて、スタッフの人に渡してもらった。

するとその晩、SIONから家に電話があり、私が出て「わー!今日の野音のライブ良かったよー!私、兄ちゃんのファンと結婚したんだ。」なとど話していると夫が隣りで緊張のあまりカチコチになっており、「ちょっと、その夫に変わるね。」と言って変わると、夫は緊張のあまり正座しながら電話に出て、「大好きです。箸使ってください…」としか言えなかった。後で「もっと話したかった…」と言っていたが、でもずっとファンだった相手と話しが出来て嬉しそうだった。

長崎でずっとSIONのファンだった福山雅治も東京に上京して、デビューして、SIONと初めて電話で話した時、こんな感じで緊張していたのだろうねと話していた事を思い出す。

その後、夫は若くして30才で亡くなり、夫が残した埼玉県の家を3年ぶりにこの11月・12月に片付けや修繕したりしていた時に、たくさんのSIONのCDと夫が歌ったテープが出てきた。懐かしくなって、掃除をしながら聴いていた。その時に『12号室』という曲を聴いて、昔にライオン丸兄ちゃんに感じていた不思議な共通点を思い出した!

その曲はSIONの実体験を曲にした物です。

ある日とある施設に8才の少年が入所してきます。少年はこの施設にいる人たちを見て、愕然とします。

ここに入所している人たちは「普通の人間の形」をした人たちではなかったからです。

少年はショックで、ご飯も食べず、ただただベットの中に身を隠すようにじっとしている日々が続きます。

そんなある日、この少年が身を隠しているベットの中に、誰かが手紙を入れていきます。

「よかったら、12号室の私の部屋に遊びにおいで。」

手紙の主は、とてもやさしい女性でした。

少年はその女性と話したその日を境に、徐々に心を開いていきます。友達もできました。

そこの暮らしにも慣れてきた3ヶ月目の朝、突然「大人」に言われます。

「ここにいても君の場合はなんにもならない 君も家に帰りたいだろう」と。

「みんなとは違う」と言われ ここに入ってきて、そしてやっとここに慣れたのに、ここも違うらしい…。

少年は元居た教室に戻ることになります。

しかし、少年は元の教室が懐かしいとは思いませんでした。

みんなよその国の人に見えます。

少年はあんなに嫌だった施設の暮らしを思い出していました。

優しかったあの女性ことを。

彼女は、とても美しく、髪もきれいで、声も柔らかだった。

とてもいい香りで、とても温かい人だった。

彼女は全てを持っていた。

「白く長いはずの二本の足」を除けば…。

https://m.youtube.com/watch?v=XthvTgblizU

 という内容のこの歌を聴いた時に、私は子供の頃の自分を思い出して、泣いていました。

この曲の「どこにも居場所が見つからない8才の少年」はSIONで、私が彼に感じていた共通点はここだったんだと…。

以前ブログにも書いた事がありますが、私の心の痛みは、7才の時、小学校に入学したその日から始まりました。

担任の女の先生(とても年配の女性に見えましたが、おそらく50代)は、昭和初期の生まれで、戦争を経験して、昔ながらの考えの人で「皆んなが同じでなくてはいけない。足並みを乱す者は正さないといけない。」という強い信念を持っており、まず左ききの私に違和感を感じ、入学初日に皆んなの前で私の左手を強く掴み「今日から左手を使う事を許しません!」といきなり言われ、何を言われているのか理解できず、ただ恐怖で頭が真っ白になった。すぐに親が呼ばれ「学校の教材は右きき用に出来ているので、すぐに右ききに直す様に、家でも訓練してください!」と言われ、その日から暗黒の日々が始まった。

SIONも左利きだが、世界の人口のうち左ききは、約10%と少数派ではあり、日本では「左ぎっちょ」と差別視されてきた歴史がある。その日から左手で文字を書く事も食べる事も絵を描く事も禁止されたが、習慣でどうしても左手を使ってしまう。先生は常に見張っており、私が左手を使った瞬間、左手をぶったり、つねって「また左手を使って!」と皆の前で怒られた。

今なら「虐待では?」と思われる行為だが、当時は問題にはならなかった。

私は、恐怖と極度の緊張で常に手汗をかくようになり、とても精神的に追い詰められていった。

先生は「左手から右手に持ち変えるだけ!」と簡単に言うが、想像してみて下さい「今日から利き手を使っていけない!」と言われて、その日から簡単に逆の手だけで生活できますか?

右ききの人が右手を骨折して、左手だけで生活しなくてはならなくなったら、どんなに不自由で苦労する事か、利き手を怪我した人なら経験はあると思います。

今なら「簡単におっしゃいますけど、先生はできるのですか?」と言えるが、まだ小学1年生の私は、つらくて毎日ただ泣き続けているだけでした。

右手をうまく使いこなさないと先生に怒られるので、その事に必死で集中するあまりに、授業が全く頭に入らず、テストもまともにできず、

給食も右手がうまく使えずに食べられない日々が続いたので、食べる事だけは左手を使う事を許された。なので今も食べるのは左手、書くのは右手です。

そもそも右手と左手では使う脳が逆なので、脳をバランス良く使うという意味では、両ききになった事で、結果的には良かったのですが、当時は、切り替えがつかず、脳が混乱を起こして、とても苦労しました。

先生に「あなたは、知恵おくれだから、特殊学級があったら、そこに入れるのだけど、この学校にはないから教室の隅で他の事をやっていなさい。」と授業を受けさせてもらえない日々が続いた。

左ききがきっかけで差別され、人権も否定され、さらには教育を受ける権利まで奪われ、それがきっかけでクラスメイトからいじめられ、教室に私の居場所はなかった。

今なら問題教師とされるが、その後その先生は「教育熱心な教師」として当時の女性教師としては異例で「校長」に昇進しました。

多くの大人は、自分の理解出来ないものに「違和感」を感じ「異物」として「排除」しようとする。

私やSIONの様に、左ききの子供によくある症状で左右が逆転して見えたり、鏡文字・鏡絵を描いたり、さらに私は巫女体質で他には見えない存在と話していたので、先生にとっては「異物」でしかなかった。

SIONの場合は、自宅から4時間も離れた、障害者施設に入れられたけど「君はここにいても意味がない。」と言われ、家に帰され、元の学校に戻ったけど、そこにも居場所はなかった。

私が高校の時に彼を兄の様に慕い、親近感を覚えたのは、左利きで、さらに周りの大人達から理解されず、異物扱いや差別を受け、心傷ついた子供だったという事をこの「12号室」という曲を聴いて思った。

20代の時にセラピーを受けて知ったが、そうやってインディゴチルドレンやクリスタルチルドレンと言われる超自然能力(通常を超えた能力・左ききに多い)を持つ繊細な子供達は、それを理解できない大人達によって、幼い頃に虐待を受けたり、心や身体を傷つけられ、精神的に追い詰められ、命を経ってしまったり、引きこもって心を閉ざしてしまい、不幸な結果になる事が多いそうです。

ちょうど昨日、友人2人が子供の頃からの辛かった出来事や思いをシェアしてくれたので、私の事も書きました。

今回のブログはワクチンの薬害について書こうと思っていましたが、次回にする事にします。

最後にSIONの曲を福山雅治がカバーした

ノスタルジア」という曲があるのですが、これは私の高校の友人の事を歌っており、友人はファションデザインの学校を卒業して、ロンドンに留学する時にSIONと別れてしまったのですが、その後私が結婚してから、夫と行っていたSIONの日比谷野音のライブに彼女も誘い、一緒に行った事があり、その時にSIONは彼女が会場に来ている事は知らずにこの曲を歌い、彼女が私の隣りで号泣していた事を後日、SIONに伝えると「そうか。来てたんだ…。」と言っていました。

福山雅治が歌うノスタルジア聴いてください。

https://m.youtube.com/watch?v=jZC5DOcZwaA

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これまでのご相談は、体調や病気のご相談・薬草の知恵・仕事の悩み・地方移住・人間関係・家族との関係・いじめや虐待・霊的な話・先祖供養などいろいろです。

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